はらぺこ


「お、うまい」

パクパクと名前の恋心が詰まったお菓子が治の口に吸い込まれて行く。ピンク色で丸い形状の吸い込みが得意なキャラクターのようだと名前は思った。

「ごちそうさま。これなんてお菓子なん」
「完食してから聞くん?ブラウニーやで」

へぇ、とさほど興味のなさそうな返事をする治は、名前の「恋心処理係」だった。
本来ならば、想いを寄せる先輩に告白とともに差し出されるはずだったお菓子。気持ちを伝えたくて、でも言えなくて、勇気のない名前が持て余すお菓子を治はぺろりと平らげる。

初めて治に目ざとくお菓子を見つけられた日、名前は少し投げやりだった。先輩に話しかけることすら出来ず、お菓子片手にすごすごと教室に戻った彼女に治が「それ食べへんの?」と声をかけた。「食べる?」と差し出すと治は目を輝かせて「ええの?」と食い気味で包みを開く。そして、お菓子を持っている訳を尋ねた治に、投げやりモードだった名前は正直に事の仔細を答えたのだった。


同じクラスになる前は、目の当たりにした双子乱闘のせいで怖い人かと思っていたけれど実際話してみるとおっとりした印象でいい人だなぁ、というのが治への正直な感想だった。
ぺろりとクッキーを腹に納めた治は「形いびつやけど味はええな」と褒めているのか貶しているのかよくわからない感想を述べた。

「いびつやけど恋心がこもってんねん」
「恋心なぁ」
「渡せんかったけど」

眉を下げながら言うと、治は「またチャレンジすんの?」と尋ねる。

「…うん。勇気出せるかわからへんけど」
「ダメな時はまた俺が恋心食うたるで。食うて、運動して、俺の筋肉にすんねん」

その日から、治は何度も名前の恋心を筋肉に変えてきた。
どちらかと言うと脂肪になると思うんだけど、というのは恐らく慰めてくれているのであろう治には言えなかった。

「味はええのに見た目がイマイチや」
「ぶ、不器用やねん」
「うまいからええけど」
「ありがとう」

ブラウニーを包んでいたラッピングの残骸を治がぐしゃっと丸める。

「治くん、毎回お菓子食べてくれるけど甘いもの控えんでええの?」
「ん〜………ええやろ」

その微妙な間で、ダメなんだなと察した。仮にも強豪と言われる部活に所属しているのだ、恐らく食事もあれこれ言われているんじゃないかと気になってしまった。

「治、また餌付けされてるの」
「角名くん」
「俺の分は?」
「もう食うた」
「残しといてって前も言ったじゃん。俺も苗字さんのお菓子食べてみたい」
「あ、じゃあ今度角名くんにも「あかん。全部俺のや」
「食い意地やば」

事情を知らない角名には、名前が趣味で作ったお菓子を治に与えている様に映るらしい。わざわざ説明することでもないので、作ってくるよと誤魔化そうとしたが治が話を遮ってくれたお陰で免れそうだった。
本当に食い意地で言ったのかもしれないが、どこか気遣いもあった気がして素直に嬉しい。そんな治の優しいところが好ましいと感じた。

先日、これまた少し不格好に仕上がったマドレーヌを見て「まぁ治くん見た目気にせんしええか」と思っている自分に名前は驚いた。
先輩への思いを込めたお菓子のはずなのに、治に渡す前提になってしまっている。失敗したって治が恋心ごと食べてくれるから、とどこか安心していた名前は治の優しさに甘えすぎていると反省した。

これ以上治に無駄なカロリーを摂取させるわけにもいかない。いい加減腹を括って告白しよう。じゃないと、憧れの先輩と何も始まりやしないのだから。

勝負の日に作ったのは、初めて告白しようとした時と同じクッキーだった。
渾身の出来上がりで見栄えだって悪くなかった。
治に後で見せようと写真だって撮った。
準備は完璧なはずだった。そう、準備は。


放課後、名前が見たのは部室で先輩が可愛いと有名な先輩とキスしているシーンだった。誰が来るかもわからないのに不用心だな、と思った。ショックだったけど傷ついてはいない自分に名前は驚かされた。
好きだったのだとは思う。きっと、憧れの方が勝っていただけで。

とぼとぼと、つい告白できなかった時の癖で体育館に向かっていた。もう治にお菓子をあげることもないのだと、淡い恋の終わりを少し切なく思った。 

「苗字?」
「あ、治くん」

部活の休憩中だろうか、タオルを持った治が体育館から現れた。ひとけの無い辺りだった為、治は直ぐに名前を見つける。

「なんや、またあかんかったんか」

彼女の手の中の包みを見て治はまた告白出来なかったのか、と思ったらしい。

「ううん」
「フられたん?」
「ううん」
「どっちやねん」

声色は穏やかだったが早く結果を教えろという雰囲気を醸し出していた。

「先輩、可愛いて有名な先輩とキスしてた」
「…そうか」
「やっぱり、お菓子も女の子も見た目が綺麗な子から売れていくんやね」

笑ってそう言ったのは精一杯の強がりだった。
あの先輩は、髪も肌もツルツルで同性の名前から見ても間違いなく素敵な人だった。
名前だって頑張ってはいるけれど髪はうまくキマらないことがほとんどだし、思春期らしくニキビだってできる。そんな自分が、いつも少し不格好に仕上がるお菓子と重なってしまった。

「そら見た目重視の奴もおるやろうけど。俺は味重視やで」
「知ってる。失恋したし、私も治くん離れせな」

お菓子作りも終わり、と名前はクッキーの入った袋を見つめる。

「あかん」
「え?」
「俺は味重視やっていうたやろ」
「わっ」

治はクッキーを持つ名前の腕をつかむ。

「お、治くん。クッキーはあげるから離して」
「俺はずっと、美味しそうなんが食べ頃になるのを待っとったんや」
「…食べ頃?」
「俺にアイツへの恋心食いつくされて、俺のとこに来んの待ってた」

やっと食べ頃になったな、と治は笑う。
穏やかだった雰囲気は嘘みたいに鳴りを潜めていた。掴まれた腕を引いてもビクともしない。

名前は早く逃げなくてはいけない衝動に駆られていた。
治の両手が名前の顔を包む。薄く開いた口が徐々に近づいてきた。覗いている舌がいやに赤く見える。
かぷり、名前の唇が文字通り食べられた。そう評するに相応しい動きだった。
どうしようと思うけれど、どうにもできないことも分かっていた。
ちゅ、ちゅと鳴る音が頭に響く。このまま頭からバリバリと食べられてしまいそうな気がした。ドサっとクッキーの袋が地面に衝突する音がする。

名前は、治になら食べられてもいいかなと思った。だってきっと残さず美味しく食べてくれると知っているから。


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