恋になんてならない

こんな時に限って、そうよりにもよってこんな時に限って、だ。

一目惚れしてお母さんに買ってもらったちょっと背伸びしたブランドの下着。ショーツがレースバックで大人っぽすぎるかなとも思ったけどやっぱりセットでこそ可愛い!と思い切っておねだりした。お母さんは「こういうの着るような歳になったんやな〜」と謎に感慨深そうだった。どこで娘の成長を感じてるんだか。

ついついテンションが上がって早速着てみた月曜日。
信じられないことにいつもスカートの下に履いているパンチラ防止の短パンを履き忘れたのである。
防御力が著しく低いパンツを履いている時に限って、だ。
ウェストを曲げて短くしていたスカートを伸ばしてみたものの、流石スケスケレースバック。お尻がスースーする。心許なさすぎだ。なんで家を出る時に気がつかなかったんだろう。こんなに開放感あるのに。
万が一スカートが翻ってこのパンツがお目見えしようものなら社会的に死ぬ。絶対死ぬ。
パンツ死守!とばかりに大人しく過ごすことに決めたは良いが、やはり毎日一緒にいる友達には不審にうつるらしく、昼休みに問い詰められる羽目になった。

「なぁ、アンタ今日エライ大人しいけどどないしたん」
「私はいつもお淑やかやで」
「どの口が言うてんねん。普段もっと走ったりしてるやん。なんかスカート長いし、しずしず歩いたりして、悪いものでも食べたん?」
「ちゃうちゃう、えーとな」

キョロリ周りを見回せばクラスメイトたちは各々おしゃべりに夢中で、これなら聞かれるとこもないだろうと高を括った。
隣の席の角名も机に突っ伏して寝てるし大丈夫だろうと、心持ち声を抑えて本日のトップシークレットを打ち明けた。

「実は今日レースバックのパンツ履いてんねん。なのに短パン履くん忘れてしもて。せやからパンチラ防止にお淑やかにしてるんよ」

そう告げれば、友達はパッチリした瞳をパシパシと瞬かせたかと思うと興奮気味に食いついた。

「え、え、え?!じゃあ今エッチなパンツ履いてんの?スケてるやつ?」
「こ、声大きいて!」

慌てて周りを見回すが、皆変わらずおしゃべりに夢中で聞こえた様子はない。ホッと胸を撫で下ろした。角名に至ってはピクリともしない。死んでんのか。

「誰か見せたい相手でも出来たんちゃうのぉ?」

ニヤニヤ笑いの友達に苦笑を返す。

「ちゃうて。自分のテンションあげるためやもん」
「なーんだ。まぁでも体育がある日やったらよかったのにな」
「ほんまそれ」

そしたら、短パン忘れんかったのに。と2人でカラカラ笑う。
パンツネタで盛り上がれる友達。大事にしようと思った。


そんな不安な1日を乗り越えた放課後。無事に1日を終えられそうなことにちょっと気が抜けそうだ。今日は隣の席の角名と日直だったから、黒板は背の高い角名が担当してくれて本当に助かった。
背伸びなんて今日は絶対したくない。
角名と宿題やクラスのお調子者のやらかし話をしてる内に日誌も書き終わり、気がつけば教室には私たちだけになっていた。

「角名、もう部活行って大丈夫やで。後は私がやっとくわ」

黒板消してくれて助かったし、と1日でだいぶ汚れた黒板消しを手に取る。
うちの教室のクリーナーは最近調子が悪くて、全然黒板消しがキレイににならない。
なので最近はもっぱら窓から両手を伸ばして黒板消し同士をぶつけ合う原始的な手法を取っている。
窓から両手をぐっと突き出す私の背に、角名は「いや、ちょっと確かめたいことあんだよね」と言った。

「確かめたいこと?」

黒板消しをバシバシやりつつオウム返しに尋ねると、角名は一拍置いて耳を疑うことを言った。

「苗字、今日エロいパンツ履いてるんだってね?」
「え?」

幻聴かと思った。
怖くて後ろを振り向けない。

「見せてよ」

そう聞こえた途端スカートが引っ張られる感触がした。続けてカシャっというシャッター音。

「はは、良いじゃん」
「は、」

なにが起きた?この男は何をした?カチンと固まった体を叱咤して首を後ろに向けると、角名は手の中のケータイ画面を見ながら楽しそうな顔をしていた。

「な、なに、角名」
「苗字っていつもこういうの履いてんの?」

パニック状態の私をよそに、角名はいつもの調子で話しかけてくる。
普段と変わらない様子に思わずフリーズ状態が解けた私は、バッと体の正面を角名の方に向けて今更スカートの後ろを手で押さえた。あ、チョークの粉ついたかも。
ていうか、コイツ昼休み起きてたな?!

「そんなわけないやろ!」
「なんだ」
「なんだ、てなんやねん!」

パンツの写真を撮られた焦りからつい語気が強くなる。

「いや、また見せてもらおうかなって」

悪びれる様子もなく角名は私を見下ろす。
何言ってんだコイツ。理解が追いつかず口をぽかんと開ける私の顔を角名は面白そうに笑ってパシャリと写真に収めた。

「ちょ、角名!」
「ねぇ、こんなエロい苗字みんなにも見てもらったほうがいいよね」

侑とか喜びそうだな、と角名はニッと笑う。
ドッと冷や汗が噴き出した。
指先が嘘みたいに冷えていく。待って待って、これまさかバラされたくなかったら、的な展開?似た展開こないだクラスの女子から回ってきたエッチな少女漫画で読んだな、と脳みそが現実逃避しそうになる。

「だ、ダメ…。やめてお願い…」

必死に出した声は搾りカスみたいに、弱々しかった。
角名は「どうしようかな」と、ケータイ画面を私に見せる。画面にはしっかりと、スカートを捲られてレースバックのパンツを披露する私の写真が表示されていた。
もはや泣きそうな私に、角名は私のパンチラ写真をこちらに向けたままにんまりと笑った。

「じゃあ、俺のお願い聞いてくれるよね?」

そう言う角名の切れ長の目は愉快そうに細められていて、背後からさす傾き始めた夕陽も相まって不気味だった。

「…は、い」

それ以外どう答えようがあるのかわからない。私の返事に、角名は満足そうに微笑んだ。あの少女漫画の結末はハッピーエンドだったけど、私は果たしてハッピーと呼べるエンドを迎えられるのだろうか。
そう思いながら夕日に陰る角名の顔を、見つめるしかなかった。


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