アノ子になりたい



私と黒尾くんはクラスメイト、その言葉を反芻するように頭で繰り返しながら教室の鍵を返しに行った彼を追う。2人はただのクラスメイト、と自分を安心させようと必死だった。

彼女の存在が私は怖くて仕方ない。2人の距離が縮まっているのではと心配で、カマかけと牽制を兼ねて勘違いするなと釘を刺したけれど、彼の気持ちがどこにあるかなんて私にも分からなかった。
小学校から一緒で、なお且つそれなりに気心知れた仲の人間なんて一握り。彼にとって私はそんな一握りの人間。それが私の拠り所だった。そして周りの女の子と違うアドバンテージ。

外堀を埋めてしまえば何だかんだ優しい彼はきっと私を見てくれると期待して、ずっとアピールを欠かさなかった。
だけど、ここに来てアノ子が急に現れた。ただのクラスメイト?冗談じゃない。そんな存在なら私だって脅威に感じない。彼がアノ子を見る目はとてもただのクラスメイトを見る目じゃない。その目で私を見てほしいのに。

「黒尾!」
「先帰ってろって言ったろ」

仕方のない奴だと言いたげに彼は私を見る。

「いいじゃんたまには」
「はぁ…好きにしろよ」

こうして折れてくれる度に、自分は特別なんだと思える。大丈夫と安心できる。私の方が彼女より有利なポジションにいると自信を持てた。

「なぁ、苗字サン俺のことなんか言ってたりした?」

不意にそう聞かれて心臓が嫌な音を立てる。なんでそんなこと知りたいの?

「ううん、何も言ってなかったよ」
「いやー、急に切り上げたし気を悪くしてないか心配でさ」

ごめんね、黒尾。例え彼女があなたに好意のある素振りを見せていたって、私はきっとそれを教えない。みすみす、敵に塩なんて送るもんか。私はそんなにいい子じゃない。私が横にいるのに、どうして他の子のこと考えるのなんて思ってしまう。

今思えば、去年くらいから引っ掛かる部分はあった。クラスマッチで、具合の悪そうなアノ子に駆け寄っていく黒尾を見かけて面白くなかった。でも、どうして離れた場所にいたアノ子の体調不良に気づけたんだろう。その疑問を当時は考えすぎだと流してしまった。
後で聞いた話では、体調不良の原因は完全にアノ子の不注意で、それで黒尾に迷惑かけるなんてと不快に思った。

女友達のポジションを確立しても、黒尾が私を見てくれる様子はない。それでも諦めるという選択肢は無くって、私はクラスが違うことを逆手にとって忘れてもいない教科書を借りに行ったりジャージを借りて体育に出たりと、周りへのアピールにいそしんだ。 その甲斐あってか、黒尾に恋人ができるなら私という印象作りには成功した。
でも、私から告白はするつもりはない。黒尾の口から付き合おう。好きだと言って貰いたかった。そうして、アノ子は何でもないのだと私のことを安心させてほしい。


着々と時計の針は進み、文化祭の日を迎えた。あの日の帰り道、黒尾から作業の邪魔だから今日みたいに教室に来るなと釘を刺されてそこには行けなくなってしまった。2人きりにするなんて嫌だったけど、彼に嫌われる方が嫌だった。
確実に、何かが変わっていっている気がした。2人を取り巻く雰囲気も、お互いを見る視線も。

だから、文化祭より前にアノ子にもう一度釘を刺した。

「苗字さん」
「はいっ」

近くで見れば見るほど、彼が気にする理由がわからない。私だって、好みだと聞いて髪も長く伸ばした。ダイエットだってしたし、おしゃれだって研究した。なのに、どうして私を見てくれないの。

「あのさ、黒尾のこと好きになったりしてないよね?」
「それは、その、答えなきゃいけないこと?」
「え?」
「黒尾くん、彼女いないって言ってた。好きになるのは自由だと思う」

唇にきゅっと力を入れてそういう彼女は、以前と違ってどこか目に力があるように見えた。なんだか気に食わない。

「傷つかないように忠告してあげただけ」

そう言って踵を返したけど、本当は私が傷つかないようにしたいだけだ。

文化祭を一緒に回ろうと誘った時、黒尾は困った顔で先約があると言った。狐爪くんとでも約束したのかと楽観的に考えていたのが馬鹿だった。

文化祭当日、私が見たのは楽しそうに2人で3年クラスの模擬店を見て回る姿だった。どこかの模擬店の景品だろうか。腕には色違いの光る輪っかを付けている。

ショックだった。
あそこにいるのは自分だと思っていたから。
後悔をしながら一縷の望みをかけて黒尾に声をかける。すると、アノ子に「友達」だと紹介された。今更紹介なんてと思ったが、アノ子は「クラスメイト」だと紹介されていて少し溜飲が下がった。

そんな一瞬の希望もむなしく、その日のうちに2人は結ばれた。

帰り道、一緒に帰ろうと黒尾を誘ったところ照れくさそうにそう告げられた。今日はアノ子と帰るのだという。
またな、という声が遠く思えた。

どうして、なんでその子なの。なんで私じゃダメなの。そう問い質したい気分だった。でもきっと、どんな答えをもらっても、私は納得できないだろう。どうすれば、この結果は変わっていたのだろうか。友達になんてなりたくなかった。
2人連れ立って歩くアノ子の背中でふわりとした髪が楽しそうに揺れる。
こんなことになるなら理想にこだわらず早く気持ちを告げておくんだった。そうすれば少しでも意識してくれたかもしれない。
いとも簡単に私が欲しかったものを手に入れたアノ子が羨ましい。あの場所を、私が歩きたい。
私は、アノ子になりたい。


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