ハルジオン

「あーっと…ごめん」

一世一代の告白はあっけなく終わった。
勝算があったわけでは無いけれど、もしかしてと思わなかったわけでも無い。2人って仲良いよねだとか、名前によく話しかけているし古森って名前のこと好きなんじゃない?だとか、そんな周りの言葉に浮かれてついイケるかもだなんて思ってしまった。

そんな思いあがっていた自分が恥ずかしいのと、これで古森と気まずくなっちゃうのなら告白なんてしなきゃよかったという後悔で鼻がツンと痛くなる。
泣いちゃダメ、古森のこと、これ以上困らせちゃダメ。

「聞いてくれて、ありがと」
「うん」

ペコリと頭を下げる。そのまま古森の顔を見ずに済むよう俯きがちに背を向けた。
一歩踏み出した途端、ジワッと堪えていた涙が溢れ出す。早く帰って沢山泣いて友達に話を聞いてもらって、1日でも早くこの痛みを消化したい。

「苗字!」

後ろから古森の声がして、つい足を止める。続けて駆け寄ってくる足音がした。無遠慮に肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。

「やっぱり」

泣いてると思った。と古森はハンカチを差し出した。

「それ、キレイだから使ってよ」
「え、いや、だい、じょぶ…」

告白された当事者と思えないくらいあっけらかんとした態度に混乱する。
私ついさっき古森に告白してフラれたばっかりだよね?と確認したくなった。いくらなんでも切り替えるスピードが早すぎる。F1並だ。

「その顔で大丈夫は説得力なさすぎだろ」

人懐っこい顔で笑う古森は私の手にハンカチを握らせ、気をつけて帰れよと体育館の方へ駆けていく。その背中を見送ったところで、隠そうとしていた泣き顔を見られてしまったとやっと気が付いた。

「最悪…」

そう、最悪の1日だ。告白は惨敗だし、お世辞にも可愛いと言えない泣き顔も見られてしまった。びっくりし過ぎて涙は引っ込んだけど心の奥のズキズキはまだ続いている。ミーンミーンという番いを求めるセミの声がとても煩わしかった。


古森とは、1、2年と同じクラスで仲は良い方だと思う。よく話すし、ふざけてお互いの腕や背中に触れるようなこともある。向こうには完全に友達としか思われてなかったと判明はしたものの、親しい異性だと言えた。
他人との距離の取り方が上手い古森は、コミュニケーションのバランス感覚が優れていて、年相応の男の子らしさの中にどこか大人げを感じさせる人だった。おそらく観察がうまいと言うか、察しがいいのだろう。今自分に求められている役割が何かキチンと理解できるタイプだ。
そんな尊敬できる部分があって、普段から何かと話しかけてくれて、距離感の近い男の子がいればそりゃ恋にだって落ちると思う。一度気になってしまえば、好ましい部分は次々と見つかるもので、私はすっかり古森に夢中だった。

その恋ももう彼の手で息の根を止められてしまった。私はこの痛みをうまく割り切れるだろうかと、明日からの学校生活に少しだけ不安がよぎる。

「お、苗字おはよ!昨日は無事帰れた?」

翌日、全く持って何事もありませんでしたというような古森の態度に、私は心底驚かされることになった。

「う、うん。大丈夫だったよ」
「そっか、よかった!あ、今日のグラマーの宿題なんだけどさー」

普段と変わらない会話。
気を使ってくれて普段通りにしている、という感じではなかった。告白されたら、好きでも嫌いでも相手を意識して多少なりとも気まずさが出たりするものじゃないだろうか?これは完全に意識すらされていない気がする。その結論に至ってしまい朝から酷くショックを受けてしまった。
事情を知っている友達も、古森の様子を目の当たりにして「告白…したんだよね?」と確認してきたくらいだ。私はそこでまた告白してフラれたという悲しい現実を再度確認する羽目になった。

授業中少し離れた席に座って黒板を見る彼を盗み見る。意外と背が高い古森には、学校の机は少し手狭なようで身長に見合った長さの足を窮屈そうに机の下に収めていた。先生の話を聞きながらくるくるとペンを回す手は触れると厚みがあって、私よりずっと大きいのを知っている。
私が知る彼は教室の中にいる彼の姿で、生活の大半を捧げているバレーをしている姿は正直よく知らない。バレーをしていようがしていまいが、どの道私は古森を好きになったと思う。こげ茶の古森の髪が窓から射し込む太陽の光に当たって少し淡い色に照らされているのをぼおっと見ていると、古森が急にこちらに顔を向けた。当然視線がかち合う。
見ていたことがバレてしまったと焦る私に対して、至って落ち着いた様子の古森は、ニッといたずらっ子のように笑い、ひらひらとペンを持っていないほうの手を小さく振った。
自分でも単純だと思うけれど、それだけで胸がぎゅうっと苦しくなる。笑顔を向けてくれて嬉しい。だけど、古森にとっての私はただの友達だと思い知ったような気持ち。こちらも小さく手を振り返すと彼はまた前を向いて黒板を写すことに集中し始めた。私も慌ててノートに書き写すけれど、ぐちゃぐちゃな気持ちを写し取ったみたいに、ノートの中身もぐちゃぐちゃになってしまった。

その日一日、沈んだ気持ちの私とは対照的に通常運転の古森は普通に話しかけてくるし、お菓子せびってくるし、冗談を言っては私の肩を叩くしで、私は段々と昨日バレーボールが頭に当たって告白された記憶が吹き飛んでいるのでは?と思い始めてしまった。
そうじゃなきゃむしろデリカシーがないような気すらする。私、どうして告白なんてしちゃったんだろう。後悔先に立たずを身をもって体感する日が来るなんて。もやもやした感情の名前がわからないまま、一日を過ごしてしまった。


昇降口でローファーに履き替えていると、ちょうど部活に行くところらしい佐久早聖臣とばったり会った。古森の従兄弟だという彼とは何の面識もないのでそのまま横を素通りしようとする。
すると「おい」と声が聞こえた。顔を上げると古森のものとは違う黒々とした瞳が私を見下ろしている。
周りをきょろきょろと見たが、ここには私と彼以外はいなかった。つまり、私を呼び止めたということで間違いはないらしい。

「どうかした?」

出来るだけ穏やかな声で問う。佐久早くんは私を見下ろしたまま、感情の読み取れない声で「お前、古森に告白したらしいな」と言った。
何故それを、と知っている理由を問う前に私の思考を先読みしてか、佐久早くんは「古森に聞いた」と告げる。
訳が分からなかった。
古森が佐久早くんに昨日の話をしていることも、佐久早くんがこうして、私に話しかけてきたことも。噂で愛想という概念の無い奴だとは聞いたことがあったけど、本当に愛想が無い。古森と血が繋がっているって何かの間違いじゃないだろうか。

佐久早くんは無遠慮に上から下まで私をじろじろと眺めて、「古森はいい奴じゃねえぞ」と言い残し立ち去って行った。何がしたかったのかさっぱりわからないけれど、古森があっさりと昨日の出来事を人に話していることがショックだった。従兄弟である彼だけに打ち明けたのだろうか、それならまだ良い。
もし、同じ部活の人たちに話していたりしたら、面白おかしく広まってしまう可能性があった。人の口には戸が立てられない。佐久早くんの登場のせいで、昨日以上にやりきれない気持ちで家路を辿ることになってしまった。

古森は、それからも変わらぬ様子で、私は私を好きじゃない古森を好きでい続けるのが徐々に苦しくなっていた。
変わらない、というのは少し正しくないかもしれない。何故だか段々と優しくなっている気がするし、今までになかったことだが、試合を見に来ないかと誘われるようになった。

好かれていないと分かっていても、そうしたちょっとした特別扱いにときめいてしまうし、古森が他の女の子と仲良く話しているのを見ると、彼女でもないくせに嫌な感情が胸に広がってしまう。その感情は間違いなく緑の目をしていた。
こんな私知らない。

古森に告白してから、古森の言動に一喜一憂して古森のことがもっと好きになって、私がどんどん私じゃ無くなっていくようだった。古森のことを好きじゃなくなりたい。
その一心で少しずつ古森と関わる頻度を減らしていった。
心がキシキシと軋んだけれど、その苦しさにも慣れてきた頃、隣のクラスの友達の繋がりで彼女の隣の席の男の子とよく話すようになった。気さくな彼は、廊下ですれ違う時も何かと声をかけてくれて私も次第に心を許していく。彼は、それ以上踏み込んで欲しくない、というところでの引き際が上手で懐っこい笑顔も少しだけ古森を思わせた。

彼と私が仲良くなっていくにつれて、古森とは距離ができていく。彼と話をしていると視線を感じる事が増えた。そんなとき大抵、古森と目が合う。何か言いたげな彼はいつもすぐに目を逸らしてしまうから、意図はわからない。時々視線の主が佐久早くんの時もあったけれど、いつも私を睨め付けながらめんどくさそうなオーラを放っていた。シンプルに怖い。

季節が流れて吐く息がすっかり白くなった頃、例の彼、コバヤシくんが私を訪ねて昼休みの教室へやってきた。その日席替えをしたばかりの私の席は窓際の後ろから2番目になっていて、その後ろは幸か不幸か古森だった。

「苗字!」
「コバヤシくん」
「なぁ苗字さ、金曜の放課後暇だろ?」
「ちょっと、暇前提で話すのやめてもらえますー?」

冗談めかして返事をするとコバヤシくんは楽しそうに笑う。

「ははっ、ごめんごめん。金曜の放課後さ、駅前にクリスマスイルミネーション見にいかね?」
「イルミネーション?見たい見たい!キレイだったって見に行った子たちが言ってた。他に誰が来るの?」

何の気なしにそう訊ねると、コバヤシくんは少し照れ臭そうに視線を泳がせながら「いや、2人でどうかなって…」と言った。
そう言われて、彼の気持ちが分からないほど鈍感じゃない。
きっと、彼のことなら好きになれると思う。きっと、私を大事にしてくれる。いいよ、と返事をしようとしたとき、ガタン!と後ろから音がした。

「ごめん。その日、苗字は行けない」
「古森?」

突然立ち上がった古森が後ろからそう言ったかと思うと、私の手をつかんで立ち上がらせそのまま手を引いて教室を出るではないか。
コバヤシくんも私も呆気に取られた顔をしていたと思う。古森は手をつかんだまま、ズンズンと人気のない特別教室の方へ歩いていく。

「古森!ねぇ、どうしたの?」

声をかけても返事はない。古森は理科実験室の扉を開けて抵抗する私を引き摺り込む。

「古森!」

遮光カーテンの引かれた実験室は昼間でも暗く、古森の顔に影を落として普段と違う表情に見せていた。

「こ、もり…?」

不安になって恐る恐る口を開く。古森ってこんなに大きかったっけと、怖くなった。古森は私を見下ろしながら「苗字って、俺のこと好きなんじゃないの?」と聞く。

「え…?」
「俺のこと好きって言ったよな?なんで明らかに苗字に気があるアイツとクリスマスデートみたいなことしようとしてるわけ?」
「古森?」

なんで責められているのかわからない。そもそもフったのはそっちなのに、何故こちらの心変わりを咎められなきゃいけないの、何の権利があって、と怒りが湧いた。

「なんで古森にそんな、浮気責められるみたいなこと言われなきゃ行けないの?私古森にフラれたよね?せっかく古森のこと忘れられそうなのに、邪魔しないで!」

やっと、やっと傷が癒えてきたのに。

「そりゃあん時は苗字のこと友達って思ってたから、あぁ言ったけど!」
「言ったけどなによ」

勢いに任せてそう返せば古森は気まずそうに唇を少し尖らせる。

「この子俺のこと好きなんだよな、って思って見てたらなんか段々可愛く見えてきて…そもそも、フッた子が泣いても気になんなかったのに苗字が泣いてるって思ったらつい追いかけたし、俺って苗字のこと結構好きだったんだなって思って…でもなんか1回フッた手前なんて言えばいいのかわからなかった。だから、なんて言うか思いつくまで苗字が好きでいてくれるように優しくしたり、試合誘ったりしてた」

開いた口が塞がらない。

「…古森ってもっとスマートだと思ってた」
「いやいや、俺まだ17よ?スマートとか無理だって。今だって苗字のことコバヤシに取られるかもって焦って連れ出すし」

かっこ良く決めらんないし、と古森は右手で後頭部をガシガシとかく。

「俺のこと、好きでいて」

試合中みたいな、真剣な眼差しに無意識に体に力が入る。

「…やっと、古森のこと諦められると思ったのに。そんなこと言われたら、諦められないじゃんか」

こげ茶の瞳を見つめ返しそう口にする。古森は期待感に目を輝かせて、また私の手を取る。

「諦めないでよ。ずっと俺のこと見てて。俺も見てる。苗字のこと好きだから」

その一言で、古森にフラれたあの日から今日までがフラッシュバックする。辛かった気持ちが嘘みたいに浄化されていく。

「私も…古森が好き」

私の返事を聞いた古森は心底嬉しそうに笑った。

「よっしゃ!コバヤシには申し訳ないけど、俺ら付き合うからごめんって言おうな!」
「う、うん」

そう言われてコバヤシくんへの申し訳なさが溢れ出す。顔に出ていたのか、大丈夫だって、と頭をポンと撫でられた。
昼休みはとっくに終わっていて、今更教室にも戻れない私たちは準備室の隅で肩を寄せ合って座る。その状況がなんだか信じられなかった。夢なら覚めないで欲しいとすら思った。だけど、触れ合う肩から伝わる体温がこれが現実だと告げていて、想像もしなかった展開に今更ながら泣きそうになってしまう。また泣き顔を見られるのは嫌だなぁ、と思ったところで、そう言えばあの時のハンカチまだ返して無かったなと思い出したのだった。


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