うさぎのリンゴ

「これで馬鹿じゃないって証明できたなぁ?」

そう言ってニヤニヤと笑う彼の顔は、腹の立つことにこんな時でも整っていて、顔の綺麗な人間は悪い表情をしていてもそれなりに見えるのだと、使いどころのない知識を得てしまった。
普段なら直ぐに彼の煽りに言い返すけど、ベッドの中で寒気に震える私にそんな元気などはなかった。冷えピタを貼った頭は少し冴えてきてはいたけれど、それでも普段より動きが鈍い。その鈍い頭でなんとか言葉を絞り出した。

「感染っちゃうから、早く帰って…」
「は?折角仕事終わりに様子見に来てやった彼氏様に即帰れって何事だよ」

ただの風邪とはいえ感染したら忍びないからと、帰るよう促すも彼は不機嫌そうな顔で文句をこぼし変わらず居座るつもりのようだ。

「おい、何か食えそうか?」

適当に買ってきた、とビニール袋からガサガサとレトルトのおかゆなんかを取り出している姿を見て、ちょっと胸が温かくなる。それと同時にエコバック持たせないとな、とぼんやり思った。

「おかゆなら…」
「食えるなら何でもいいから腹に入れとけ」

食って寝ねぇと治るもんも治らねぇぞ、と彼はレトルトのおかゆ片手に立ち上がった。

「堅ちゃん、」
「おい、その呼び方やめろっつったろ」
「じゃあ二口さん」
「お前なぁ…」

苦虫を噛み潰したような顔で愛称を嫌がりつつ、堅ちゃんはキッチンへと姿を消した。
レトルトとはいえ、調理は大丈夫だろうかという心配は杞憂に終わったようで、ちゃんと適温に温まったおかゆがお皿に乗ってやってきたので驚いてしまった。工業高校出身というだけあって、電子レンジくらいは難なく使えるらしい。
同い年とはいえ、職場では先輩にあたる堅ちゃんについてはまだまだ知らない部分がたくさんある。風邪をひいた彼女の面倒を甲斐甲斐しくみてくれるような人だとは思ってもみなかった。嬉しい誤算だ。

「体起こせるか」
「ん、大丈夫」
「自分で食べられそうだな」
「うん」
お皿を受け取って、おかゆを匙で救う。フーフーと冷ます間も視線を感じて落ち着かない。

「ねぇ、落ち着かないからあんまり見ないで」
「うるせえ早く食え」
「練習いかなくていいの?」
「今日は無いからココにいんだよ」

バレーをしていると聞いたときは、その身長の高さ故か特に驚きもなく納得してしまった。私が思っているよりバレーに真剣に取り組んでいると知ったのは、私たちの関係がただの職場の先輩後輩とは言えなくなってきた頃だったなぁ、と塩気のきいたおかゆをもぐもぐ咀嚼しながら思い出す。バレーのためにほったらかしにされることもままあるけれど、バレーをしている堅ちゃんはとっても格好いいので、多少の寂しさというかバレーへの嫉妬は目をつぶることにしている。

「名前」

呼ばれて堅ちゃんをみると、ズイともう一つお皿が差し出される。お皿にはうさぎにされたリンゴがお行儀よく並んでいた。

「ふっ、うさぎだ、ふふっ」
「おい何笑ってんだお前」
「だってうさぎ似合わない…ふふっ、あははっ」

がたがたの、不格好なうさぎを一体どんな顔してむいたんだろうかと、笑いがこみ上げる。それと同時に、苦手なことを私のためにしてくれたのだと、胸がぎゅうっと締め付けられた。どんなに口が悪くても、こういうところについついときめいてしまう。不器用で不格好な優しさ。

「堅ちゃん」
「それマジでやめろって…」
「来てくれてありがとう」
「…おう」

ぶっきらぼうな返事と共にスイと視線が横に逸らされる。まだまだ知らない部分はたくさんあるけれど、これは照れてるんだってもう知っている。堅ちゃんと呼ばれるのを嫌がるもの、まだ慣れなくて気恥ずかしいんだって知っている。だから私も慣れるまで呼び続けてやろうと思っているのだ。正直、ちょっと恥ずかしそうにするのが楽しいのもあるのだけれど。

食べ終わったお皿を堅ちゃんに渡すと、「ん、」と替わりに口元にうさぎにカットされたリンゴが押し当てられる。
しゃくっと一口齧ってみると、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。優しい甘みが弱った体にじんわりしみる。堅ちゃんの手からしゃくしゃくとリンゴを食べきって、その手を伝う果汁をチュッと吸うと「おい!」と焦ったような声で静止された。

「お前病人のくせにそういうことすんのやめろよな」
「え、なに、どうしたの」
「はぁ〜?元気になったら覚悟しろよ」

悪人面の堅ちゃんは、「寝ろ」と横になるよう促して、お皿を持ってキッチンへ行ってしまった。リンゴはラップして冷蔵庫に入れてくれるらしい。ひと眠りして起きたころには茶色くなっちゃいそうだ。

横になって目を閉じると、自然とうつらうつらと意識が揺らぐ。薬のせいかもしれない。
薄れる意識の中で堅ちゃんの指先が、優しく目元に係る前髪を横に流してくれた。その指先が離れていくのが寂しくて、ちゃんと声になっていたかはわからないけれど、「行かないで」と口にしてしまった。
だけど、目を覚ました時ベッドの中に堅ちゃんがいたから、それが答えなんだと思う。

案の定私に風邪を感染された堅ちゃんはそのまま私の部屋で寝込んでしまい、私は笑いそうになるのを堪えつつ綺麗にうさぎの形に切ったリンゴを、複雑そうな顔の堅ちゃんにあーんしてあげた。
堅ちゃん作の不格好なうさぎは私が全部美味しく頂いたのだが、こっそりそのリンゴを写真におさめたのは私だけのトップシークレットだ。


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