おもいおもわれふりふられ

「なんで…」

冬の洗面所の寒さを忘れてしまうくらいの衝撃を受けながら、洗面台の鏡をジッと覗き込む。
どんなに見たって現実は変わることなく、ソレは存在感を放ち続けていた。
12月5日の朝、右の頬にポツンとできたニキビ。
いまから薬を塗ったって間に合わないのは明白だ。
よろよろとした足取りでリビングへ行けば、ちょうど星座占いの結果を早朝だろうが完璧に可愛い女子アナが読み上げていた。

『ざんねーん!最下位はーーーー』
「…最下位じゃん!!」

これはもうダメだ。
ニキビでダメージを受けた心に追い討ちがかかった。
友達と戯れに見たニキビの位置で恋占い!みたいなウェブサイトを思い出す。あれは確かニキビ薬を出している製薬会社のページだった。
おもい おもわれ ふり ふられ。
右の頬にできるのはふられにきび。

12月5日。想いを寄せる男の子の誕生日。
一生懸命考えて用意したプレゼントと一緒に想いを打ち明けるつもりだった。
だけどひょっこり現れたふられにきびと最下位の星座占いが、私の決意をいとも簡単に打ち砕いてしまった。
ふられる予感しかしない。
負け試合に挑むほど心の強いタイプなら良かったけれど、残念ながらメンタルは至って普通だった。



「えぇ?!告白やめるの?」
「声っ、声大きいからっ」
「ごめん。いや、なんでまたそんなことに」

登校早々、友達に予定変更を告げるとえらく大仰に驚かれた。
かくかくしかじかと経緯を説明すると、「なるほどね」とひとまず納得はしてもらえたようだ。

「ふられにきびって言ったって迷信だってわかってるじゃん。当たって砕けろだよ!」
「…わかってるけど、幸先悪すぎだし砕けたくない」

友達は激励してくれるけど、一度折れた気持ちはそう簡単に持ち直してはくれない。
咲いた後の朝顔みたいにしおしおの気持ちで居ると、朝練組がガヤガヤと教室に入ってくる。その中に彼の姿を見つけてドキンと胸が高鳴った。

「お、はよ」
「おはよう。英語の課題終わった?」
「うん、なんとか」
「さすが苗字。問5だけ見せてくれない?俺の和訳何かしっくり来ないんだよね」
「いいよ」

はい、とノートを渡せば助かる、と赤葦は微笑んだ。良かった。いつも通りに振る舞えている。

「赤葦!お前誕生日なんだろ?おめでとうー!」

男子数人が騒がしく私たちの間に割って入って来てしまい、あえなく会話はそこで途切れてしまった。

本日の主役は1日を通して人気者で、それからずっとお祝いの言葉を投げかけられたり場合によっては呼び出しを受けてお祝いをされていた。
私はといえば、お祝いすら言えずにただいつも通りに過ごしている。
私が日和っているうちに勇気を出して赤葦に想いを告げた子が彼女になる可能性が充分にあることは理解していた。
好き、その2文字で今の関係が壊れてしまうことがひどく恐ろしく感じられる。
昨日まであんなにやる気全開で告白しようとしていたのが嘘みたいだ。
赤葦の特別になりたい。でも勇気が出ない。そうやってうじうじしているうちに放課後を迎えてしまった。
鞄の中に眠るプレゼントを渡すこともできず、部活に行く背中を見送った。
昇降口で靴に履き替えて、それでもどこか後ろ髪を引かれる思いがして、体育館の近くをわざと通ってしまう。
こんなのストーカーみたいだ。
もう帰ろう、と振り向くとまだ制服の赤葦が体育館へ歩いてくるのが見えた。
咄嗟に隠れる場所を探してしまったけれど、バッチリ目があっているし、そもそも開けたこの空間に私を隠せるほどの何かは無かった。

「苗字?」
「あ、赤葦今から部活?」
「うん。ちょっと呼ばれてて遅くなった」

女の子からの呼び出しだと、赤葦のなんとも言えない表情と右手に持った袋で気がついた。可愛いラッピングが少し覗いているから間違い無いと思う。
プレゼントの渡し主と付き合うんだろうかと、胸がギュッと締め付けられる。想像だけでこれなんだから、実際赤葦が誰かと寄り添ってるのを見た時どうなってしまうんだろう。
意気地無しの私は、赤葦のつま先あたりの小石を見ながら「部活がんばってね!また明日」と話を切り上げた。体育館から離れようと一歩踏み出した時赤葦が「待って」と私を引き止める。驚いて赤葦を見ると、珍しく視線を彷徨わせながら「えっと…知ってるかもしれないけど、俺今日誕生日なんだ」と告げた。

「うん、知ってるよ。お誕生日おめでとう赤葦」
「ありがとう。それでその、なんていうか、俺に、言うことあったりしない?」
「お誕生日、おめでとう?」

これはさっきも言ったなと思いつつ、もう一度お祝いすれば、赤葦はそうだけどそうじゃないと言いたげな顔で「もう一声」といった。
もう一声、といわれてもピンとこない。散々悩んだ結果、カバンに隠していたプレゼントを取り出した。

「これ、その、プレゼント!いつも助けてくれたりするから準備してたの」
「っ!ありがとう」

赤葦は嬉しそうに受け取りつつも、焦ったそうに終わり?と聞く。お祝いして、プレゼントも渡して、あと何を要求すると言うんだ赤葦京治。
赤葦の意図が分からなくて首を傾げていると、痺れを切らしたらしい赤葦が淡々と話し始めた。

「その…俺、この間の放課後に聞いたんだ。苗字が俺の誕生日に俺に告白するって言ってたの」
「えっ!?」

とんでもない爆弾だった。知られていたなんて。全身の血が沸騰したみたいに体が熱くなる。放課後の教室でそんな話をした私も私だけど、私の気持ちを知っていて今日までしれっといつも通りに過ごしていた赤葦はどんな気分だったんだろう。

「それは、その…なんていうか」

もじもじと逃げ場を探して言葉を探すけど見つからない。このまま走って帰ってしまおうかとすら思う。

「俺、楽しみにしてたんだ。今日一日浮かれてた。苗字がいつ告白してくれるんだろうって」
「浮かれてた…?」

至っていつも通りに見えたけど、あれで浮かれていたというから驚きだ。
あと、楽しみにしてたという言葉が聞こえた気がするけど、幻聴だろうか。

「俺のこと好きじゃなくなった?」
「いや、そんなことは…」
「じゃあ好き?」

まるで誘導尋問だった。一歩一歩距離を詰めてくる赤葦から逃げることはできず、最終的に、私に視線を合わせるように腰を折った彼にじっと見つめられて「…好き」と白状してしまった。

「やっと言ってくれた」

赤葦は嬉しそうに微笑む。

「俺も、苗字が好き」

そう告げられて、私は腰が抜けたみたいにへなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。

「大丈夫?」
「びっくりしちゃって」
「あぁ、そういうこと」
「…今日赤葦に告白するのやめるつもりだったの」
「えっ」

赤葦は珍しく驚いた顔で私を見る。なんだか年相応で可愛らしい。

「今朝ね、ニキビできちゃって。右のほっぺはふられニキビっていう迷信があるから、赤葦にふられちゃうんだって怖気づいちゃった」

力なく笑えば「そういうことか」と赤葦は納得顔だった。

「俺にふられるのそんなに嫌だったんだ」

苗字可愛いとこあるね、と赤葦はふふっと微笑む。ブワッと顔が赤くなる感覚。

「ふられるのはみんな嫌でしょ」

赤くなった顔を見られたくなくて、顔を横に背けてそう返した。
赤葦は「でもさ、」と口を開く。

「結果として、苗字は俺の彼女だから」

迷信は迷信って証明できたね、と笑う。
その顔にキュンと胸が高鳴って、膝に顔を埋めてしまった。

「苗字?」
「無理、赤葦かっこいい、直視できない…」
「なにそれ」

ふはっ、と赤葦がまた笑う気配がして、私たちは結局木兎先輩が赤葦を探すために賑やかに体育館から飛び出してくるまで、2人でそこにしゃがみ込んでいたのだった。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -