スーパーハッピーブルーデー



その日、宮治は朝から機嫌が良かった。

10月5日は治と双子である侑の誕生日で、家族に祝ってもらえるだけでなく夕飯が豪華になることが確約されている。それだけでも浮き足立つには充分だったがその日が珍しく部活のオフと重なったのもより嬉しさを増していた。

教室に入れば、皆口々にお祝いの言葉を投げかけてくる。それに返事を返しながら、治はチラッと教室の後方に位置する席を見た。普段ならその席の主は既に登校している時間帯の筈なのに何故か空席のままだった。
まさか休みかとソワソワしていると、少し遅れて彼女が教室に入ってくる。
ほぼ飛び込んできたと言っていいくらいに慌てて教室に現れた苗字名前を見て、治は目を見開いた。
普段見慣れない眼鏡姿の名前に、まるで素の姿の彼女を見たようでドキッとする。普段行儀良い位置で結ばれている髪は、見たことのないお団子になっていた。
うなじが見えるやん、と治は何やら友達と話す名前の様子を伺う。
漏れ聞こえる話から察するに、寝坊したせいで今日は眼鏡とお団子であるらしい。

お誕生日おめでとう、と話しかけてきた他クラスの女子をあしらいながら、治は普段見えない名前のうなじに黒子が3つ並んでいるのを発見した。
星座みたいや、と治はぼおっと彼女を見る。

うなじに星座を隠しもつ名前の持つ空気感が治は好きだった。話していると、陽だまりにいる時のような、食事後の満腹時のような満たされた気持ちになる。満たされた安心感でどこか眠たくなるようなその気持ちを彼女に伝えた事があるが、不思議そうな顔をされて終わってしまった。

落ち着いた人が好き、と言う噂を聞いて落ち着いた男を意識して過ごしてみたこともあるが、単純に話す回数が減っただけだったので早々に辞めた。
嫌われてはいないと思うが好かれてる自信もない。どうやら治の顔の造形は好きらしいと分かったことだけが最近の収穫だった。

なんで彼女が気になるのかはよくわからない。
ただ、調理実習で作ったマフィンを他の女子よろしく意中の男に渡しはしないかとチラチラ彼女の動向を伺う程度には名前のことが好きだった。
(その時は視線に気がついた彼女が「お腹空いとるんやろ?これで良かったら食べてええよ」とマフィンを渡された上、何かと食べ物をくれるようになったので内心ガッツポーズした)

誕生日を祝ってくれたりしないだろうかと、淡い期待を抱く。他クラスの知らない女子からのプレゼントより、名前の「おめでとう」が欲しかった。
その治の期待とは裏腹に、その日の名前はずっと浮かない顔をしていて、とても治を祝う余裕がある様には見えなかった。

結局、昼休みが始まっても彼女からのおめでとうはもらえず、欲しいものが手に入らない治はつい売り言葉に買い言葉で侑と言い争いになった。
胸倉を掴み合っていると、侑が何かにぶつかって、たたらを踏んだ拍子にその足元からバキッと嫌な音が響いた。
ハッとして音のした方を見ると、廊下にしゃがみ込んだ名前と割れた眼鏡が目に入る。
すぐに何が起きたかを察した治は、名前に声をかける。
近眼らしい彼女は、見え辛いのか少し険しい顔をして治を見た。
その瞬間、治の脳裏にチャンスでは、と言う考えが浮かぶ。
咄嗟に「お詫びさせてや」と言う言葉が口をついて出た。眼鏡を踏んだ張本人の侑が自分もお詫びをと言うのを何とか阻止し、何かを察したらしい片割れをひと睨みして治は名前の手を取る。
初めて触った手は、自分よりずっと小さくて、頼りないくらい柔らかかった。
手を引いて職員室まで誘導する間治は脳内であれこれ今後のことを考える。

まずは担任に事の次第を説明し、彼女の世話を焼く許可を取った。よし、と思った直後に担任のおかげで名前からのおめでとうをもらうことも出来た。浮かれる気持ちを抑えて眼鏡のことを心配してみせると、名前は放課後買いに行くという。また、チャンスだと思った。ついて行くと言えば彼女は少々渋ったが、こちらの勢いに押されて頷いた。

デートや!と治の脳内で天使がラッパを吹く。
放課後に向けて、自分の印象が良くなる様に治は必死に彼女を気遣い、ノートを出来る限り丁寧に書いた。
そのノートを見た彼女は、何かが琴線に触れたらしく今日初めて微笑んだ。おめでとうと言ってくれた時にも微笑んではいたが、その時のお祝いの言葉に合わせて作った笑みではなく心からの笑みだった。
笑ってくれたことが嬉しくて「やっと笑ったなぁ」と言えば、彼女はクスクス笑って「宮くんのおかげやで」とまた微笑んだ。それに、気を良くした治は、ノートを持って帰るように勧める。すると彼女はまた嬉しそうに笑うのだった。

放課後、彼女を教室に待たせて侑へ先に帰るよう伝えに行った治は事情を聞いてニヤニヤ顔の侑に「俺のおかげやなぁ。感謝してええで」と言われ少し揉めた。同じ顔であることを棚に上げて本当に腹の立つ顔だと思った。
教室に戻れば彼女は何やら難しい顔をしていて、声をかければビクッと仰け反る。どうかしたかと問うと、なんでもないと言うので、それならば良いかと再び名前の手を取る。
チラッと見た彼女の耳は赤く染まっていて、自分を意識している様子に嬉しくなった。


訪れた眼鏡店は視力の良い治とは無縁のもので、全てが目新しい。
彼女に似合いそうなフレームを選んでは試着させ、一番治好みの物を強く勧めると名前はそれで眼鏡を作ると決めてくれた。
完成した眼鏡は彼女に良く似合っていて、満足感で少しにやけてしまう。


名前が用事も済んだし帰ろうと思っているような気がして、治はそこまで飲みたくないタピオカを飲もうと誘う。
まだこの時間を終わらせたくなかった。その場は治が会計を持ったが、名前が誕生日を祝おうという姿勢を見せてくれたことが嬉しかった。

正直にいうと浮かれていた。
目が合うと、名前は恥ずかしそうに視線を伏せ、そしてチラッと再び治を見る。
その所作は今までには無かったものだ。
自分を意識している、と治は確信した。これは押していけば自分の元に落ちてくるのではないか。そんな期待感がむくむくと膨らむ。
一口交換する流れに持っていこうと、自分のタピオカを差し出せば、名前はおずおずと口をつける。タピオカ用の少し太いストローを咥える口は小さくて吸う力は治よりずっと弱い。その様子を見て、治は下っ腹がムズムズするような感覚に襲われた。つい名前のタピオカを飲む時に力み過ぎてカップを凹ませてしまう。目を丸くする名前が可愛らしかったので結果オーライだった。
彼女のタピオカから口を離して自分のタピオカを飲む。名前も治が口付けたタピオカを頬を赤くして飲んでいた。
間接キスやな、と内心思っていると、名前が「宮君、早よ帰らんでええの?誕生日やろ?」と聞いてくる。帰ってほしいんか?と少し不安に思いながら適当な理由をつけて、まだ帰らなくても大丈夫だと告げた。そして続けてずっと気になっていた「宮くん」という呼び方を変えるよう言った。不自然な流れになっていないかと内心冷や冷やしたが、彼女はあっさりと了承し「治くん」と呼んだ。その瞬間ぶわっと鳥肌が立つ。不快感からではない。ちょっと興奮してしまった。
治も名前で呼ばせてほしいと彼女を見つめる。自分の顔がより良く見える角度を意識した。うん、と言った彼女の名前をすかさず呼ぶ。

「名前」

その響きはなんだか特別な音に聞こえた。
治に名前を呼ばれた彼女は照れたように赤い顔をしてタピオカを吸う。飲むの遅いなぁ、と治はのんびりと彼女が飲み終わるのを待った。

さぁ、今度こそ帰ろう!といった面持ちでタピオカ店を出た名前の手を治はぎゅっと掴んで引き止める。
今日の思い出になるような物が欲しくて、プリクラが撮りたいといえば、名前は意外そうな顔をした。
誕生日を強調し、自分の顔を最大限活用すると何やら迷っていた名前はいとも簡単に陥落する。この子俺らに眼鏡壊されたの忘れてへんか?とちょっと心配になった。
プリクラを侑に自慢してやろうと、治ははやる気持ちを抑えつつ機械へ入る。
最初はどこか緊張気味だった名前も、だんだんと楽しそうに写真を撮っていた。
身を寄せ合い笑いあいながら写真を撮っているうちに治はつい楽しくて嬉しくて、どうしても名前に自分の気持ちを知ってほしくなった。
近づいた名前は香水やボディミストのような人工的な香りはせず。干したての布団のような優しい香りがした。そんな優しい香りのする彼女の柔らかな曲線を描く頬を見ているうちに治はそこに触れたくなってしまった。
わざとシャッターが下りるタイミングでその頬に口づけた。
ふに、とした感触が唇から伝わってくる。
ぽかんとする彼女に、そういう顔も可愛ええなと思いながら、治は落書きスペースへ彼女を促した。
キス写真にメッセージを書き込んでいると、横から彼女の視線をビシバシと感じ、つい照れ臭くて「ついはしゃいでもうた」と告げると、名前はショックを受けたような顔で「…そういうの、彼女とした方がええよ」と言った。
彼女はいないし彼女になって欲しいのはお前だ、という気持ちを抑えて返事をする。すると、今度は「なら、好きな子としたがええよ」と言われた。鈍いなあ、と思ったが、今日の治は朝からとても機嫌が良かった。だから、鈍い彼女にもわかるように「俺な、今日誕生日で、気になってる子の眼鏡壊して、その子の眼鏡選んで、タピオカ一緒に飲んで、ほんでそれ一口交換して、プリクラ撮って、はしゃいでキスしてしもて、今プリクラに落書きしとる」と告げた。

レンズ越しの瞳をパチクリさせる彼女は、落書き時間終了を告げる機械音にハッとした顔で出てきたプリクラを取った。そこに書かれたメッセージを見た名前は、ぶわっと顔を赤くさせる。困惑顔の名前に、返事は明日でもいいと告げ、治はまたその手を引いた。明日でもいいけどYES以外は受け付けへんで、とは心の中に留め置いた。
別れ際の彼女の顔を見て、その調子で俺のこといっぱい考えてやと治はほくそ笑む。
帰宅して早々侑に絡まれたが、治は非常に機嫌が良かったので一発どつくだけで済ませてやった。
豪華な夕食を満足いくまで食べた治は、分け合ったプリクラを見ながら、今日は最高の誕生日だとぐっすりと眠りについたのだった。


翌朝、朝練を済ませた治は角名と連れ立って教室へ入る。すると、なぜか今日も眼鏡をかけている名前とパチリ、視線が合った。
その瞬間何となく、治の目論見は成功している気がした。彼女の気持ちが自分に向いていると。

「名前、おはよう。やっぱ俺が選んだ眼鏡正解やな」

声が通るようにはっきりと放ったその言葉は、教室を騒めかせるには充分で。
一気に喧騒に包まれた教室内で、隣にいる角名は「へぇ、そいうこと」と携帯を名前に向ける。
いい表情撮ってや、と思いながら、どこかひきつった表情の彼女に治は視線で逃がさへんでと告げる。
口パクで「治くん」と呼んだ彼女を見て、今日もいい日になりそうやなと、治はにっこりと名前に微笑みかけるのだった。


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