元ご主人様と元ドレイちゃん


(大人になった2人)



「わ!見て見て宮侑!むっちゃかっこよくない?」
「うわ、でっかいな〜」
「一緒に写真撮りたいわ」
「撮ったろか?」

改札を出るなり前を歩いていた女の子たちが向かいのビルを指差しはしゃぎ始めた。
つられて私もビルに貼られた、というか規模的にもはや設置されたというべきであろう特大サイズの広告を見上げる。ワールドカップが近いからか、バレーの日本代表を起用したスポーツ飲料の広告の中で、見知った金髪の男が好戦的な表情を浮かべていた。

何を隠そうその男は私の“元”ご主人様である。

そう言うとえらくいかがわしく聞こえるけれど、パシリにされていたというのが実態だ。なんだかんだとパシられ続け、今となっては彼氏様へアップデートされてしまった次第である。

ある日突然「俺ご主人様やめることにしてん」と言い出した時はやっと真っ当な友達になる気になったんだなと思ったけれど、次いで「ほんで彼氏になるわ」と言われた時には、つい「昨日治くんと喧嘩したん?」と聞いてしまった。強めに頭を殴られたんじゃないかと思ったからだ。
そこから紆余曲折あり(本当に大変だった)お付き合いと相成ったのだけれど、友達には「ストックホルム症候群ちゃう?目ぇ覚ました方がええで」と口をそろえてアドバイスされた。宮侑という男への女子からの評価が見えた気がした。

治くんにも「それ、なんちゃらかんちゃらなんとかちゃう?」と真面目くさった顔で言われた。

「もしかして、ストックホルム症候群って言いたいん?」
「それや、惜しかったな」
「一文字もかすってへんよ」
「細かいことはええねん。自分ちょっとツムに流されすぎやで」

そう心配げに言われたが、そう言うなら少しでも片割れを諫める素振りくらい見せて欲しいものだ。

彼氏彼女になったとはいっても、関係性はご主人様とドレイの時とさほど変わり映えしなかった。侑くんのワガママを私がハイハイと聞く、と言う一貫して一方的な関係性。これって仮にも恋人?とは思ったけれど、その感じにすっかり慣れていたからまぁいいかと流してしまった。
そのままずるずると関係が続き、気がつけばお互い社会人になっていた。広告を見上げながら、随分遠くまで行ったなあと思う。ことバレーに関しては元々他の追随を許さない部分はあったけれどまさか日の丸を背負うまでになるとは。

「遠いね侑くん」

広告を見上げながら、自分のちっぽけさを身に染みて感じた。
ずっと、気が付かない振りをしていたけれど、侑くんは私に執着しているだけじゃないかと思う。恋や愛とは種類が違う気がしていた。
そう思いつつもずるずるココまで来てしまったのは、侑くんにファーストキスどころか、女の子の大事なモノをフルセットであげてしまったからだ。身も心も全部。

そんな芸当ができるのは、私が侑くんに愛情を抱いているからに他ならない。そばに居れば、侑くんの良いところを目にすることもあるし、侑くんはワガママで勝手だけど私が本当に嫌がることはしないって知っているし、触れるその手はいつだって優しいとわかってしまっている。そして何よりバレーに対する真摯な姿勢。好きになる理由なんてそれで充分だった。

好きになってしまったから、少しでもそばにいたくて、ズルい私は侑くんの執着を利用して近しい存在でい続けた。でも、こうして日本代表に選出されて、世間に出ていく姿を見た私は、自分が侑くんのそばにいるべきでないと急に自覚した。勝手だとはわかっている。それでも、痛烈にそう感じてしまったのだ。

愛は恐ろしい免罪符だ。愛しているからと言えば、大抵のことは許容されてしまう気がする。だから、愛しているから、私は、侑くんにさよならする。


距離を置くのは、殊の外容易かった。代表選出後、多忙な侑くんとはそもそも会う頻度が減った。少しずつ、連絡を控え返事を減らし接触を断っていく。じわりじわり、傷口を開いていくような痛みを伴った。

別れ話をするような勇気はないから、自然消滅を狙っていると友達に打ち明けた時「え?ミッションインポッシブルでもするつもりなん?」と不可解な顔をされた。

「トムでも無理やでそれ」
「そんなに?」
「逃げ切るどころか捕まって閉じ込められる予感しかせん」

最悪の結果になる前に早めに考え直せと言われてしまった。うまくいっていると思っていた。私の誤算は、気を利かせたつもりの友達が治くんに私の計画をチクってしまっていたことだった。
彼女のことはこれからユダって呼んでやろうと思う。
まさかの裏切りに気が付かず、のんきに帰宅した私は自宅前に見知った人影を発見し固まっていた。

「久しぶりやな」
「…侑くん」
「今日は残業や言うてたけど、早いご帰宅やん」
「はよ終わってん」
「へぇ」

侑くんの態度が少しとげとげしいのは、「今日家に行ってもいいか」という問いに、「残業だから無理です」と嘘っぱちを返していたせいだった。
何か月ぶりに顔を見ただろう。
広告関係でほぼ毎日顔は見ていたけど、広告の姿より髪が少し短い。侑くんが鍵を開けろと顎をしゃくる。なんでだろう。そんな横柄な態度も似合う人だ。気まずい沈黙の中玄関を開けるとさも当たり前みたいに侑くんが中へ入った。
そしてドカッと定位置に座る。私もその隣に座ってみるけどそわそわと落ち着かない。 

「お茶、いれるね?」

一旦そばを離れたくって立ち上がろうとすると、侑くんにグッと腕を掴まれた。その勢いで床に転がされる。

「わっ」

あっという間に床ドンスタイルになってしまった。

「…自然消滅しようとしてたらしいな名前チャン」
「えっ、とそれは、その」

なんでバレたのだろうかと、背筋が泡立つ。いや、答えは一つだ。唯一打ち明けた友達。彼女が漏らしたに違いない。本人に漏らしたのか治くんに漏らしたのかは知らないけれど、こうも直ぐ押しかけてくるとは思わなかった。

「その、なんて…いうか…」

返事を言いよどむ私に、侑くんは眉間にグッとしわを寄せて痛みをこらえるかのような表情をした。

「お前、いつになったら俺のもんになんねん」
「全部侑くんのやで。でも、侑くんは私のものにしたらあかんねん」
「なんやそれ」
「侑くんはきっと、私に執着してるだけ。恋とか愛とはちゃうんやないかな。それに、私は侑くんに何もしてあげられへん。日の丸背負う侑くんの横におるのには分不相応や」

自分で言ってて、傷ついていくのがわかる。でも、本当のことだった。
侑くんは、憎々し気な瞳で私を見る。そして、両手で私の肩を掴んだ。

「俺は!お前がそばにおらなどうにかなりそうや!他の男とおると思うと胃がむかむかする!お前が!横で嬉しそうに笑うとこの辺がぎゅうってなる!!」

そう言いながら侑くんは胸のあたりをギュッと掴む。聞いた事の無い種類の声だった。真剣な顔の侑くんが再び口を開く。

「こういう気持ちと俺が名前んこと幸せにしたい思うんは愛やないんか」
「フッ、ン、「オイお前今笑ったな!?」
「ご、ごめ、フフッ」

セリフがキザで思わず吹き出してしまった。ピリついた空気が途端に緩む。侑くんは頬を赤くしてうろたえていた。

「おっまえ!ほんまになんやねん!!」 

怒っている侑くんをみていると、だんだんと肩の力が抜けた。

「私、侑くんと一緒にいてもええの?」
「…うっさいボケ」
「ダメ?」

ジッと見つめると、侑くんは「あー!もう!」とやけくそのような声を上げて、「お前はずっと俺とおればええねん!」と勢いよく言った。

「フフッ、うん。侑くんと一緒にいたい」
「二度と離れようなんて思わんことやな」

地の果てまで追いかけて連れ戻したる。低い声でそう言われて、本気でやりそうだなと寒気がした。
そこから大きな駄々っ子と化した侑くんをなだめていると、あれよあれよと一緒に暮らす話を承諾させられ、さらには左手の薬指に思いっきり歯型をつけられた。最悪だ。泣くくらい痛かった。痛みに泣く私を見て侑くんはちょっと嬉しそうだった。怖い。一緒にいると約束して5分で後悔した。

その後裏切り者の友達と治くんからは「やっぱりストックホルム症候群なのでは」と言われたけど、それと同時に侑くんの面倒見れるのは名前くらいだとも言われた。褒められてるんだろうか。いささか疑問である。
一応裏切り者の友達を咎めたところ「外の空気吸えへんようになるよりましな結果やったやろ」と開き直られた。その結果指に歯型ついたんだけど。と見せたら爆笑していた。泣かせる友情だ。

「なんっでやねん!」
「だめなものはだめなんやって」

友達との約束があるから試合を観に行けないと告げたせいで侑くんはご機嫌斜めだった。

「俺が来い言うたら来いブス!」
「ブスなので行けません」
「嘘や、ブスちゃう。名前は可愛ええ。愛してんで」
「うっ」

いつからか覚えたこの切り返しに私は弱かった。侑くんもそれは承知なので、ここぞとばかりに繰り出してくる。
流されないぞ。

行けません。の一点張りの私の背後からおんぶお化けのようにのしかかる侑くんは、ブツブツ文句を言っているが、聞こえないふりをする。
この困った元ご主人様がなんだかんだ可愛らしいと思ってしまうあたり私も相当ポンコツらしい。


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