こっちを向いて

日常が壊れるのなんて案外一瞬のことだ。

「あ、おはよ!」

玄関を開けてすぐ目に入った色素の薄い髪の持ち主に挨拶をすれば「ん、」と素っ気なく目を逸らされる。
朝練のない朝にばったり会えば並んで登校するのがすっかり慣例化していたけど、この日は何か違う空気が流れていた。まだ眠たげな切れ長の瞳は私を見ることなくスタスタと駅に向かって歩いていく。リーチの長さか、あっという間にできた距離に慌てて小走りにその背中を追いかけた。

「秋紀!待ってよ」

そう呼びかけるも聞こえてないのか、無視されているのか背中はどんどん小さくなっていく。いつも私の歩くスピードに合わせてくれてたのか、と遠のく背中に思い知らされた。やっとこさ追いついたものの、秋紀はイヤホンをして私のことなんて見えてないみたいに振る舞う。無視されていると確信した。なんで、どうして、と胸がツキツキと痛んだ。
私何かしたんだろうか。秋紀が無視するくらいのことを。幼なじみだからって、馴れ馴れしすしすぎた?いや、めちゃくちゃ機嫌が悪いだけとか?それとも、私の秘めた気持ちがバレてしまっての拒否?と悶々としてしまう。隣にいるのにこんなに遠く感じるのは初めてのことだった。学校についても秋紀は変わらずスタスタと自分のクラスへ向かってしまった。私は昇降口で置いてけぼりをくらってしまい1人トボトボと自分の教室へ向かう。授業なんて身に入りそうもない。好きな人に強い拒否を示されるのはどんな人でも堪えると思う。
秋紀に初彼女ができた時だってそれなりにショックだったけど、それと並ぶくらいのショックを感じていた。ここ最近の秋紀とのやりとりを思い返しても、思い当たる節が全くない。本当どうしちゃったんだろう。なんとなくだけど、もしかして、この状況しばらく続くんじゃないだろうか。という私の予感は悲しいことに的中してしまうことになった。それからきっかり金曜日まで、私は秋紀に無視、もとい避けられ続けることになった。原因もわからないし、謝らせてもくれない、そんな状況にズキズキと痛み続ける胸は今にもはりさけそうだった。
限界値ギリギリの金曜日、この1週間上の空でいることが多かった私を心配してか、放課後友達に連れ込まれたコーヒーチェーンでおしゃべりに興じてしまい帰りがすっかり遅くなってしまった。結局友達にも秋紀のことはうまく言い出せず、そんな私を察してか、なんでも言ってねと優しい言葉をもらってしまった。ちょっと泣きそうだったのは秘密だ。
最寄駅から自宅へ向かって歩いていると、途中のコンビニから見慣れた人物が出てきた。確実に私と目があったはずの秋紀は、フイと顔を逸らして歩いていく。また避けられた。ズキンと強く胸が痛む。この1週間、秋紀が誰かと笑い合ってる姿すら辛かった。私にはもうそんな顔むけてくれないのかなって。幼なじみですら、いさせてくれないのかなって。長年積もり積もった好きの気持ちは、もう決壊寸前だった。

「秋紀!ねぇ!秋紀ってば!」

前を歩く背中に向かって呼びかけるも、反応は無い。もうダメだった。限界だった。子どもっぽいといわれても、耐えられなかった。いつのまにか自宅のそばに着いていたことにも気が付かないくらい茫然自失としていたらしい。自宅へ入ろうとする秋紀を見て、ボロボロと涙がこぼれ出す。

「…なんで無視するの…なにかした?どうして…うぅ」

泣き出した私を見て、秋紀はギョッとした顔で私に駆け寄ってきた。

「なっ、おい、!おまっ、泣くなよ!!」

そう言って焦った顔をした秋紀は制服のシャツの袖で乱暴にわたしの目元を擦る。袖のボタンが顔に当たって少し痛い。私はえぐえぐと子供みたいにしゃくり上げながら、されるがままになっていた。だってだって、この1週間悲しくてたまらなかった。流石に往来で私が泣き続けるのはまずいと思ったのか、秋紀は私の腕を掴んで自宅の玄関に引っ張り込んだ。

「泣きやんでくれよ名前。頼むからさ」

そういいながら、秋紀は先ほどの乱暴さとは打って変わって優しく親指で目元を拭う。この1週間私を避け続けた人の言動とは思えない。

「…なんでっ、無視、するの」

しゃくり上げながら必死に聞けば「あー…いや…」と目を泳がせる。言えないような事なんだろうか。あと先のことなんて、もう考えてられなかった。

「…私何かした?」
「いや、したっつうか、なんつうか」
「私どれだけ傷ついたと思ってるの」

そう言えば、秋紀も傷ついた顔をした。そしてギュッと両眼を閉じたかと思うと、覚悟した顔で再び目を開けた。

「…パンツ」
「…え?」
「月曜!お前のパンツ見ちまったんだよ!!!」

大声で言われた言葉に一瞬声を失う。今パンツっていった?パニックになる私をよそに秋紀は続ける。

「月曜に階段駆け上がってるお前のパンツが見えて、したら、なんかやたらセクシーなやつでビックリしてたら、近く歩いてた奴らも見てたみたいで、エロいとか彼氏の趣味じゃないかとか、そんなこと言っててお前のパンツみられて気にくわねぇのと、彼氏できたのかってモヤモヤと、お前の顔見るとパンツ思い出して変な気分になるから、その…避けてたゴメン」

気まずそうな秋紀には申し訳ないが、私はすっかり羞恥心で死んでしまいそうだった。お気に入りのレースバックの下着、まさか見られていたとは。しかも複数人。これは死んだ。社会的に死んだ。きっと男子の中では噂になってるだろう。

「名前?聞いてんの?」
「きっ、聞いてます。その、変なもの見せてゴメン…」
「いや、俺の方が悪かった。ガキみたいな態度とっちまって」

そう言って秋紀は私の目尻に溜まった涙をまた指で払う。泣かせるつもりは無かった。と苦笑いした。

「ほんと悲しかったんだから!バカ!バカ紀」

わざとそういえば秋紀は笑って「そうですバカ紀です」と戯ける。だけどすぐに真面目な顔になって私を見るから、ドキッとしてしまった。

「なぁ、彼氏できたのか?」
「え、」
「正直この1週間それでモヤモヤしてて、だけど聞くのも怖くてさ」
「い、いません」
「じゃあ、あのパンツお前の趣味?」
「……うぅん」
「どっちだよ」
「…そう、です」

ちょっと変な方向になってきた気がする。私の答えに満足したのか秋紀はへぇ、と楽しそうな顔だ。なんか引っ叩きたくなってきた。仮にも好きな相手だけど。

「じゃあ俺と付き合わねー?」
「えっ」

なんでそうなる。

「わりと前から名前のこと好きだな。とは思ってたんだけど、なんか踏ん切りつかなくて。でもなんか決心ついた」

避けられて泣くってお前結構俺のこと好きだろ?と笑う秋紀が憎たらしい。

「な、俺のこと好きって言って」

私の顔を覗き込みながら頷かせようとするところ子供の時から変わらない。

「…好きだよバカ紀」
「お前そこは普通に秋紀って言うとこだろ!」

ったく、可愛くねーやつ!といいながら、秋紀は私をガシッと抱きしめる。

「泣かせてゴメン。好きだよ名前」

と頬擦りされて、じんわり胸が暖かくなる。パンツみられて無視されて想いが通じ合いましたってほんと訳わかんないけど、私たちにはお誂え向きなのかもしれない。私はギュッと背中に回した手で秋紀のシャツをつかみながら、秋紀の家に誰もいなくてよかったなぁ、と関係ないことを考える。そんな私に秋紀は「なぁ、あのパンツ今度履いてこいよ」近くで見せて、と悪戯っぽく囁く。せっかく甘い空気だったのに。秋紀の方もこの空気恥ずかしくなってきたのかな。私はわざと怒った顔を作って「バカ紀!!」とほっぺをつねる。痛い!と声を上げる秋紀に、私はさっきまで泣いてたことなんて嘘みたいに笑いながら力いっぱいギュッと抱きついてやった。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -