春の予感
桜のつぼみがふっくらとしていく姿に呼応するように、本格的な春到来への期待が私の中でむくむくと大きくなっていく。徐々に街路樹に花がついていくこれからの季節が、一年で最も好きだった。
大学も2年目になればそれなりに慣れてくるもので、私はキャンパス内の池の横にあるベンチでのんびりサンドイッチを食べていた。東京の都心とは思えない静けさが気に入っている。木の葉の間から射す木漏れ日にさわさわと風に揺れる木々の音、そして花盛りを過ぎた沈丁花の香り。
友達とワイワイ過ごすのも楽しいけれど、たまには一人で過ごすのも嫌いじゃない。目を閉じて深呼吸していると、横から「マヨネーズ垂れてるよ」と声がした。
「わっ!?」
「あ、驚かせた?」
「あ、え、」
「マヨネーズ、手に垂れてるけど…」
「あ、やだ!」
見ると、その人の言う通り手首あたりまでサンドイッチのマヨネーズが垂れていた。あわててティッシュで拭く。服汚しちゃう前で良かった。
「あの、教えてくれてありがとうございま、す…」
「どういたしまして」
顔を上げて目に飛び込んだ思わぬ人物に、意図せずぎょっとしてしまう。
「孤爪くん…」
うちの大学の有名人だ。確か同じ学年だったはず。さらり、風が毛先だけ金に染まった髪を揺らす。
「苗字さん、俺のこと知ってるんだ」
「有名人だもん」
そう言えば彼は苦虫を
み潰したような顔をする。
「別に…有名になりたいわけじゃないよ」
「…もしかして、ここ、一人になるために来たの?」
私移動しようか?と聞けば「大丈夫」と孤爪くんは私の隣に腰かけた。
「ここ静かで好きなんだよね」
「私も」
「苗字さん、一人になりたいタイプなんだ?」
友達と一緒にいるイメージだった、と孤爪くんは伸びた金髪を耳に掛けながら横目で私を見る。そのしぐさがちょっと大人っぽくてドキッとした。
「たまには一人になってボーっとしたいときもあるよ」
「へぇ」
「そういえば、孤爪くん私の名前知ってるんだ」
「あぁ、一人で哲学の授業受けてる女子珍しかったから」
「え、孤爪くんも哲学取ってるの?」
「うん」
「気付かなかった」
「いつも後ろの方にいるから」
「なるほど」
いくら少人数の講義とはいえ、視界に入らなければ気がつかない。認知されてるなんて意外だった。
「友達誰も一緒に履修してくれなかったの」
「まぁそうだろうね」
そういってニヒルに笑う顔が結構貴重かもしれない。
「あ、この間あげてたホラーゲーム実況見たよ」
「…好きなの?」
意外そうに孤爪くんが片眉を上げる。
「ううん。ホラーは苦手。プレイすると絶対怖い夢見るから」
「なにそれ」
プッと吹き出した孤爪くんは「もしかして、自分でできないから人のプレイ見てるんだ?」と笑う。
「おっしゃる通りです…」
なんだか恥ずかしくなって小さくなりながら答えた。
「あのホラーゲームってストーリーがすごくよくできてて、ほら、実際の世界史や伝説になぞらえてたりしてリアルというか、考察のし甲斐があるというか…だから気になるんだけど、自分でできないから孤爪くんがプレイしてくれて助かってる」
「助かってるって感想初めて貰った」
普段ゲームしてるの?と聞かれ、最近発売したばかりのRPGの名前をあげる。すると孤爪くんも手に入れたと言うではないか。
「あのさ、湿原の洞窟ダンジョンもうクリアした?」
「うん」
「ほんと!?私どうしても迷子になっちゃうの!」
「あそこ、ひっかけがあるんだよ」
今度教えてあげる。そういって孤爪くんは立ち上がる。
「またね苗字さん」
立ち去っていく孤爪くんの背中を見送りながら、今度っていつだろうと首を捻るのだった。
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