金木犀
「どうしよう…」
頭を抱えていた。だって、こんなにも手に入らないとは思わなかったのだ。うんうん、唸りながら図書室の書架の前で座り込む私は、さぞかし不気味なことだろう。
「なにしてんねん」
「わっ」
「すまん驚かせたな」
「いえ、あの、この間はありがとうございました」
私に声をかけてきたのは、部長会議の時に背中を押してくれた先輩だった。手には参考書が握られている。今日も相変わらず背筋がしゃんとしていた。
「おかげで、スペース広くしてもらえそうです」
「俺はなんもしてへんよ。でも、良かったな」
「はい」
「なんか頭抱えとったけど」
「あぁ、えっと…」
先輩の目力は正直に話さなきゃいけないような気分にさせる。
私はギリギリ部活の体をなせるだけの人数が所属する紅茶部(正直お茶ならなんでもござれ状態ではある)の部長で、毎年恒例になっている文化祭での喫茶店運営に頭を悩ませていた。
今年は季節感のあるお茶を出そうと考えていたのだけれど、どうにも材料が揃いそうに無かった。その旨を告げたところ、先輩は「どんなお茶なん?」と意外にも興味を示す。
「桂花茶って言うんですけど、金木犀を使うお茶で…。ただ金木犀がなかなか手に入らんくて…」
他のお茶にしようかとお茶の本がある棚を漁っていたけれど、良いアイディアが思い浮かばず唸っていたのだった。
「既製品買ったらええんやないか」
「…やっぱりブレンドしたての方が香りがたつんです。でも金木犀って人の家の庭先とかにしか植わっとらんで…」
知らない人のお家にピンポンして分けてもらう勇気もなくてと言うと、先輩は「うちあるで、金木犀」とあっさり言った。
「え!?」
「声大きいで」
「…すみませんっ」
「必要なら取りにきてええよ」
家族に言うとくし、と何でもないように先輩は言う。
「お、お願いします!分けて欲しいです!!」
私の勢いに少したじろいだ様子を見せた先輩は、すぐにいつも通りのしゃんとした雰囲気になって「いつ来れそうや?」と私の予定を確認する。
そして、そこで私たちは初めてお互いの名前を知ったのだった。
緊張しながら、事前に聞いていた住所のインターホンを押す。ドキドキする胸を押さえて待っていると、可愛らしいおばあちゃんが「いらっしゃい、信ちゃんから聞いとるよ」とお庭に案内してくれた。
好きに取っていいという太っ腹なお言葉に甘えて金木犀の花を摘んでいく。いい香りだ。
必要な量を収穫できた所で、やっとお庭を見渡す余裕ができた。色んな植物が生えていてつい興味津々で見てしまう。
「アップルミントや…!」
纏まってお庭の一角を陣取るそれに思わず声が出る。できたらこれも手に入らないかなぁと思っていたのだ。
「持ってくか?雑草並みに増えんねんそれ」
「北先輩!」
振り向くと部活ジャージの先輩がいつの間にか立っていた。部活が終わって帰宅したようだ。
「おかえりなさい」
「ただいま。そのミントも取ってええよ。うちそんな使わへんねん」
「いいんですか!?」
「おん」
「ありがとうございます!」
なんて親切なんだと感激した。
うちはマンションだから色々育てたくても難しくて諦めていたのだ。ミントを収穫しようとしゃがんだ私の横に北先輩も同じようにしゃがむ。そして、片手を私の頭に伸ばした。
「夢中で取ってたんやな。髪に金木犀の花がえらい付いとる」
先輩は、ふふ、と笑いながらポンポンと頭についた花をはらってくれる。
至近距離の笑顔と、優しく髪に触れる体温に、胸がぎゅうっと苦しくなった。なんだこれ。
よくわからない感情を誤魔化すように、私はもくもくと手を動かすことに集中した。
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