0pの私たち
「パパがいい〜」

ぐずりながら腕の中でジタバタする娘はもはや暴れる米俵か釣りたての魚かといった具合で、こちらが音を上げそうになる。
今朝「パパおひげいたいからやだ」と拒否していたのが嘘のようだ。
修吾めちゃくちゃ傷ついた顔してたなあ。

「パパお仕事なんだよ」
「やだパパ〜!!」

子供を諭すのは至難の業だ。常識や理論を説いても効果なんてない。どうしたもんかと思いながら時計を見る。
今日も今日とてバレーボールに励む夫は、あと1時間は帰宅しそうに無かった。

今年からキャプテンを任されたのだと、緊張と誇らしさの混ざった顔で告げた夫は少しだけ忙しさが増した。メディア対応なんかも今まで以上に任されることが増えたからだろう。ありがたいことだと思う反面寂しくもある。
本人も、可愛い盛りの娘と会えない時間が増えるのは多少寂しいようだった。

「ただいま〜」
「おかえりなさい」

くたびれた様子の夫が帰宅した時には、娘はもう泣き疲れて夢の中だった。

「さっきまでパパ、パパって泣いてたんだよ」
「え〜!おーい、パパやで」

驚きと嬉しさの混じった表情の修吾は、起こさないように娘の頬をつつく。わかりやすくデレデレしている。
そういや、娘が生まれた時も感極まって泣いていたっけ。

「ほら、洗濯物出してきて」

娘の寝顔を見つめる背中に声をかければ「もう少し」と動く気配がない。

「修吾〜、修ちゃーん、今出さないなら洗わないからね」

出来るだけ優しく名前を呼ぶ。するとパッと立ち上がり、洗濯物を急いで出しに行った。そしてすぐ娘のところに戻る。その間30秒。たいして時間取らないんだから先に済ましちゃえばいいのに。
修吾曰く私は彼を尻に敷いているらしい。私に言わせれば、尻に敷かれに来てる気がする。

「かわええなぁ…」

しみじみと寝顔を眺めつつ呟く姿を、数年前までは想像もしていなかった。

「名前」
「ん?」
「俺、お前のこと諦めんで良かったわ」
「なに急に」

そう言われると修吾の方がずっと私を想っていたように聞こえる。実際は逆なんだけど。

「家帰って、お前がおってコイツがおって幸せやって思えるんは名前のおかげやん?」

ありがとな、と背中を向けたまま修吾が言う。
なんだかたまらない気持ちになってその背中にぎゅっと抱き着いた。

「わっ」
「修吾」

ビクッと肩を揺らした修吾の右手を掴んで背中側に持ってくる。そしてその手をお腹にあてた。

「来年はもっとにぎやかになるよ」
「は、」

お手本みたいなビックリ顔の修吾は、首を後ろに向けて私の顔を見つめる。
微笑みかけると、何を思ったのかバッと前を向き、娘を揺さぶり始める。

「おい!聞いたか!?お姉ちゃんになるんやで!」
「あ!ちょっと!!」

案の定起こされた娘は泣いてしまい。
修吾はまた「パパやだ〜!!」と泣かれる羽目になったのだった。

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