彼女にはなれない
明暗が結婚でもすれば、この気持ちも諦めがつくのだろうか。
気まぐれで手に取った結婚情報誌を、景色でも眺めるみたいにボーっと見る。ずっりし重たい。付録、毎回気合入ってるよねこの雑誌。
体重がリンゴ3個分の可愛らしい猫のキャラクターがデザインされた婚姻届。明暗は、これを誰かと書こうなんて思ったことあるんだろうか。冗談でも恐ろしくて聞けやしない。

「名前!」

大好きな声が鼓膜を震わせたと同時に、肩を叩かれる感覚。

「わっ、」
「すまん。待たせた」
「まだ待ち合わせ時間の前だよ」
「そんでも待たせたことには変わりないやろ」

明暗のこういうさりげない気遣いが私は好きだった。彼は私の手元を覗き込んで「なんでそんなん見とんの」と訝しげな顔をする。

「あぁ、いや。付録可愛いな〜って」

当たり障りのない答えを言って、雑誌を棚に戻す。そんな私に明暗は片眉を上げてみせた。セリフを付けるなら「へぇ?」みたいな感じ。
これまでの付き合いですっかり覚えてしまった。明暗が良くする仕草。

「よくコンビニにいるってわかったね。待ち合わせ改札の前だったのに」
「そらお前、先着いたとき大抵コンビニにおるやないか。どうせ新発売のお菓子やら物色してたんやろ」

明暗は得意げな顔で、腰に手を当てながら話す。そんなに威張って話すことじゃないと思うんだけど。

「してないし」
「いーや!嘘やな。俺はお前が“NEW”とか“新発売”のポップに弱いん知っとるんやぞ」
「も〜、早くいこうよ」

グイグイとその広い背中を両手で押す。

「図星やろ」
「うるさい」

明暗が私のことを知ってくれているということが、こんなにも私を喜ばせる。
明暗、待ち合わせの時、何で私がわかりやすくコンビニにいたりするかわかる?私を探す間だけは、明暗が私のことを考えてくれないかなって期待してるからなんだよ。そんな浅ましい自分が、少し悲しいけれど。



今日明暗に呼び出されたのは、同僚への結婚祝いを一緒に選んで欲しいという理由だった。きっと本当は、この前別れた彼女と選ぶ予定だったんじゃないかな。
彼女がいない時のお出かけ候補にまず自分が上がるのは嬉しい。それと同時に私は彼女という存在に勝てないのだと思い知らされる。浮足立ってはすぐに打ちのめされる。こうやって一喜一憂しちゃうのやめたい。

「定番はペアのモノとか、ちょっといい食器とかじゃないかな。あ、ほらこれとか」

店内に飾られたペアグラスを指差すと明暗は「ほぉー」と興味深そうにしげしげと眺める。

「このMr.とMrs.って刻印えらい左に寄っとらんか?」

印字の位置に納得がいかないのか難しい顔をした彼が私を見る。

「あぁ、これ名前を刻印してくれるんだよ。えっと、Mr. MEIAN、Mrs. MEIANって感じで」
「なるほどな。名前もこういうの貰うと嬉しいんか?」
「え、」

意外な質問だった。私が嬉しいかどうかなんて関係あるんだろうか。

「それは…、その、お祝いに頂くわけだし嬉しいよ」
「女ってほんっまお揃い好きやな」

半ば呆れ交じりの声で言いながら明暗はペアグラスの箱を手に取り「結構いい値段するな〜」と文句を言っている。

「…好きな人とお揃いなんだもん。嬉しいに決まってるじゃん」

明暗とお揃いのモノ。私が逆立ちしたって手に入らないモノ。手に入るなら、嬉しいに決まってる。
呟くような私の言葉は、高いところにある明暗の耳にも届いたらしい。チラ、とこちらをみた明暗が、ペアグラスをじっと見ながら口を開いた。

「なぁ名前、お「今ご覧になってる商品、今一番人気なんですよ〜。贈り物をお探しですか?」

何かを言いかけた明暗の言葉は、店員さんの声に遮られる。明暗が商品を手に取ったことで購入する気がありそうだと判断されたらしい。商品の説明をひと通りした店員さんは私の方を見て「奥さんは他に気になる商品とかありますか」とにこやかに問いかける。

「え、っと」

思わず顔が強張った。すると、明暗が私を制するようにスッと手を出して「奥さんちゃうんですよ〜、今日は俺の用事に付き合うてもらっとるんですわ」とにこやかに話す。
そのまま他にも見てみたいと会話を切り上げた明暗は、私を連れて店を出た。明暗がフォローに入ってくれてほっとした気持ちと、奥さんではないときっぱり否定された悲しさがごちゃ混ぜになってかさぶたからまた血が滲む。どろりとした、赤。
結局明暗はお祝いに贈答用のワインセットを購入した。正直、そうやって自分の趣味に走る気はしていたから、やっぱりという気持ち。

「名前、ありがとな。助かったわ」
「ううん。色々見れて楽しかったよ」
「おう。ほな飯行こか」
「あ…、いやごめん今日はいいや」
「は、用事でもあるん」
「うん。そんな感じ」

じゃあ、お迎え来てるからまたね。と別れを告げたにも関わらず何故か明暗は私に付いて来た。
今日はこの後伯父の還暦のお祝いがある。それを明暗に告げなかったのは、そんな大事な用事のある日に私を呼び出したと気にすると思ったからだ。

駅前のロータリーに出ると、私に気がついた従兄が車の中で片手を上げる。それに手を振り返して、今度こそバイバイするために後ろに立つ明暗に向き合った。

「明暗?」

振り返って明暗の顔を見ると、何故か明暗は傷ついたみたいな顔をしていた。視線は従兄を見ている。

「あ、いや、」

明暗はハッとしたように私に視線を戻して耳の後ろを掻く。何か考えを整理する時に良くする仕草。

「どうかしたの」

不思議に思って聞くと「なんでもない」と返される。なんでもなさそうじゃないんだけどな。

「ほな、またな」
「うん。バイバイ」

それ以上詮索できず、手を振って従兄の待つ車に乗り込む。

「ありがと。お待たせ」
「おいおい、お前デートしてたのかよ」

にやっと笑う従兄の腕をべしッと叩く。

「そんなんじゃないって」

そうそんなんじゃない。私たちは、“友達”だから。
動き出した車の中からふと駅の方を見ると、明暗は何故かまだこちらを見ていた。

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