諦められない


「俺の何が悪かったんや…!!」
「全部」
「んなわけあるか!俺は恋人には優しくてスマートな男やぞ」
「優しすぎてつまんないって振られたんじゃなかったっけ」
「せやねん…」

弱々しい声を出して、わかりやすく落ち込む明暗。さっきから落ち込んだり私に食ってかかったり、忙しい奴だ。
居酒屋の狭いカウンター席では明暗の恵まれた体格は非常に嵩張る。そんなところでジタバタ動かれると圧迫感がすごい。

「まぁ出汁巻きでも食べなよ」
「お、流石やな」

スッと両手で頭を抱える明暗の前に出汁巻き卵ののったお皿を差し出す。
明暗の好きな居酒屋メニュー、お出汁がジュワッと染み出す出汁巻き卵、塩加減がビールに合う枝豆、トロトロの角煮。
こういう明暗の好みを私はよく把握していた。そして明暗も、私が明暗の好みを分かっていることを知っている。でも、私がどうして明暗の好みを把握しているのかという理由を明暗は知ろうともしない。

「名前、お前ホンマええ奴やな」
「はいはい」
「ええ友達持ったわ」

酔いが回ってきた明暗がへらっと笑いながら言う。
友達。素敵で残酷な響き。高校時代からの腐れ縁。明暗はきっとそう思ってる。
その腐れ縁を私が必死に繋いできたことも、明暗に彼女ができる度に、この腐れ縁を切ろうとしては切れずにいることも彼は知らない。明暗を好きでいることを、やめられないでいる私に、私が一番呆れている。
彼女ができては祝って、陰で泣いて、別れては連絡が来て、ほいほい会いに行く。馬鹿みたい。でもそんな馬鹿みたいなことを、ずっと続けている。
明暗知らないでしょ?彼女ができる度私が「早く別れないかな」って思ってるの。私は自分のために明暗が傷つくことを望んじゃうの。酷いよね。明暗が彼女のことを嬉しそうに話す横顔に何度苦しくなっただろう。同時にその笑顔を一瞬でも目に焼き付けたいと思ってしまうのだ。

「名前それなんや」
「而今」
「ちょっとくれ」
「やだよ」
「ええやん一口」
「自分のビール飲みなよ」

そう唇を尖らせながら日本酒のおちょこを渡す。明暗は躊躇も見せず口を付けた。

「んまい」
「良かったね」
「ビール飲むか?」
「いらない」

明暗が口を付けたおちょこに口を付ける私の気持ちを、明暗は考えたことがあるんだろうか。

「そんでな、修ちゃんの試合見たい〜いうからチケット用意したのに、ネイルの予約入ってたからごめぇんって来おへんのや」
「そっかあ」

彼女に優しい明暗もさすがに先日別れた彼女のわがままには思うところがあったようだ。そうは言っても、こうして多少の落ち込みは見せているあたり情はあったのだろう。
明暗は彼女に優しい。高校生のときからずっと。明暗に優しくされる彼女たちを今まで何度羨んできただろう。その時の気持ちを思い出してちょっと泣きそうになる。
私が世界で1番聞きたくない、明暗の彼女の話。それを聞きながら隠した想いが漏れ出さないように、堪えて笑顔を作る。明暗、私ね今日ネイル塗り直してきたんだよ。明暗に会うから。少しでも綺麗な私を見て欲しかった。見たって好きになってもらえないのにね。

「名前?」
「ん、なに」
「なんか上の空やないか?」

具合でも悪いのかと明暗が心配そうにこちらを伺う。

「ごめん。なんでもないよ」
「ならええけど」

きっと私が彼女なら、おしゃれなイタリアンとかに連れてってくれるんだろう。だけど今日もこうして明暗のお気に入りのお店に連れてこられている。明暗の“自分”の範疇に私が無意識に入っていることに期待しては落胆する日々が続いていた。高校のころよりずっと精悍になった明暗の横顔を眺める。ふと、彼がこちらを向いて視線が合った。この、明暗の視線がこちらを向いて、私に気がついて優しく目が細められる瞬間が好き。

「もう名前と付き合うか」
「…冗談やめてよ」
「はは、すまん」

冗談に決まってるその言葉に、心臓が嫌な音を立てる。胸がじくじくと痛んだ。そうやって私のかさぶたを剥がす。じわり血が滲む。高校生のあの日、あなたが恋に落ちた瞬間を見てしまったあの時の傷。その傷はずっと完治せずにかさぶたを繰り返していた。
好きって言えたら、明暗は私を彼女にしてくれる?でももしフラれたら、もうこうやって会うことはできない。意気地なしの私は今日も明暗に自分の気持ちを打ち明けられないまま、好きの二文字をお酒と一緒に飲み込む。カウンターに置いた私の右手の横に、明暗の左手がある。
あと5p。5pこの手を右に動かせば、明暗の手に触れることができる。とっても近くて途方もなく遠い距離。
あのね明暗。私は、ずっとこの5pを埋められずにいるの。

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