番外編7

目が覚めると、やけにスッキリとしていた。
こんなに爽やかな目覚めは久方ぶりで、私はグッと腕を上に伸ばして気持ちの良い伸びまでキメることができた。

あぁ、良い朝だ。ゆっくり朝食を取ろうとスマホで時間を確認する。

「え…えっ!!」

ディスプレイに表示された『10:52』の文字と鳴り終わったアラームたちの通知。
一気に血の気が引いていく。
スッキリしているわけだ。だって、約10時間寝ているのだから。

大失敗の三文字が頭の中にドーン!と浮かぶ。
呆然とする私は走馬灯みたいに就寝前のことを思い返した。

昨日は夜遅くまで鏡の前でファッションショーをしていた。何を着たら良いかいつまで経っても決まらない。長時間悩んだくせに、結局無難なところに落ち着いてしまうのが、私の性格をよく表していると思った。

服装に合わせてコスメもピックアップして、お気に入りのリップを付けていこう、なんてワクワクして眠りについた。
だって、今日は明暗と恋人になって初めてのデートだから。

そう、デート。今日はデートなのだ。
やってしまった。最悪の想像が浮かんでは消える。私に背を向ける明暗のイメージが、やけにしっかりと想像できた。
震える指先でスマホを操作する。
彼の番号をタップして、スマホを耳に当てた。

2、3コールの後に聞き慣れた声が「おー、どうした」と応答する。

「明暗…」
「…何かあったんか?」

死にそうな声やぞ、と明暗が心配げに言う。

「あの…」
「おう」
「えっと…」
「なんやねん早よ言えや」
「…今起きました」
「は?」
「 ごめんなさい!」

明暗のリアクションに勢いよく謝罪を口にする。
不安MAXの私に返ってきたのは弾けるような笑
い声だった。

「ぶはっ、おま、寝坊て!」

あはは!と明暗は楽しげに笑う。

「夜更かしでもしたん?」
「着ていく服…考えてたら寝るの遅くなった」
「はは、お前完っ全に遠足前の小学生みたいやな」
「返す言葉もありません」
「そんなに俺と会うん楽しみやったんか」
「…悪い?」

揶揄う声に返したのは可愛く無い言葉だった。

「ええやんか。俺は嬉しいで」

ほんでどうする?と明暗は未だ楽しそうに尋ねる。

「今から準備してくるんなら、自分の用事済ませてコーヒーでも飲んで待っとるけど」

出かける気力無くなったなら、名前ん家行くわと言われる。

「行く!行きます!」
「おーそんなら気いつけてな」

着いたら連絡し、と明暗は通話を切った。
私は急いで着替えとメイクに取り掛かる。30分以内で済んだのは自分でも頑張ったと思う。
ただ、髪はブラッシングしただけだし、メイクも満足いく仕上がりでは無い。だけど、そんなこと言ってる段じゃないとわかっている。とりあえず出かけられる姿になった私は勢いよく家を飛び出した。

「早かったやん」
「ほんとにごめん」
「ええって」

予定よりも一時間遅く合流した明暗は、本当に気にしてなさそうな様子で、それが余計に申し訳なさを感じさせた。

「よぉこの短時間で準備してきたな」

飯食えるか? とあくまでこちらを気遣う明暗に胸がじくじくする。

「ほんとは…」
「ん?」
「本当はメイクもっと丁寧にして髪も巻いてくるつもりだったの…」
「そうなん?」

充分に見えるけどな、と明暗は腕を組んで私を眺める。

「せっかく、明暗と会うのに」

そう落ち込む私の肩を明暗が軽く叩く。

「まぁ次があるやんか」
「次?」
「おん。次は完全武装で来たらええ」
「武装って、あはは!」

変な言い回しに思わず笑ってしまう。

「これから、ずっと一緒におるんやから」
「ずっと…」

その言葉を思わず噛み締めてしまった。明暗と一緒にいる。これからずっと。その事実が、まだ信じられないのと同時に堪らなく嬉しい。

「ほら、行くで」

私の手を取った明暗が歩き出す。その手の温かさが、明暗が本当に私を選んでくれたんだって実感させてくれた。浮かれてしまいそうなくらいに、本当に嬉しかった。
繋いだ手をきゅっと握ると、同じように握り返される。胸がじんわり温かくなった。

あの日明暗に渡された紙に記名する勇気が出るまで、そんなに時間はかからないのかもしれない。

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