番外編6
わぁっ!と会場の熱気が高まる瞬間が好きだ。
特にそのきっかけが修吾が点を決めたことだった時は、世界の中心が彼になったような気持ちで嬉しくなる。
チームメイトに揉みくちゃにされている彼を微笑ましく眺めていると「修ちゃーん!」と鈴を転がしたような可愛らしい声がした。
「いいぞ明暗!」という声援に混じったそれは、やけに鮮明に耳に届いた。胸をざわめかせながら声のした方を見ると、ふんわりとしたボブの女の子が目に留まる。巻いた毛先が華やかだ。

「うそ…」

そこにスポットライトが当たってるみたいに彼女だけにピントが合う。写真を見せられたことがあるから間違いない。

彼女は、修吾が私の前に付き合っていた人だった。

何しに来たんだろう、と一瞬思ったけどそんなの考えるまでもない。修吾に会いに来たのだ。十中八九、よりを戻すとかそういう目的だろう。ここは確実に修吾会える場所だから。修吾の好みの可愛いタイプの女の子。私の居場所を脅かす存在。
急に這い寄るような恐怖を感じる。無意識に唇を強く噛んでいたのだろうか、じわりと血の味がした。

試合が終わった後、ファンと交流する修吾を少し離れたところから見る。いつもなら試合が終わるなり帰るんだけど(修吾は「俺に興味なさすぎやないか?」と不満げだ)、どうしても彼女のことが気にかかって帰るに帰れなかった。彼女が可愛らしい仕草で修吾に話しかける。修吾は少し驚いた顔で、彼女に何か言っていた。
声はこちらまで聞こえないけれど、笑顔の彼女と困った顔の修吾は対照的で、和やかには見えない。突然、修吾が私を指差して彼女に何かを告げた。私がここに立っていることに気がついていたらしい。
彼女は戸惑った顔で私を見ると、諦めたようにさっぱり笑って修吾になにか伝えた。そして、修吾に背を向けて去って行く。修吾を見ると、既に次のファンの人にサインを書いていた。切り替えが早い。
彼女が帰ってしまった以上、そこにいる理由もなかったので少し迷った上で私も帰宅することにした。修吾は文句言いそうだけど。

「なんで帰っとんねん」

帰宅するなり、修吾は不満げにそう言い放つ。
予想通り過ぎて笑ってしまった。

「笑うとこちゃうからな」
「いや、なんか予想通り過ぎて…ふふっ」
「なんやねんホンマに」

修吾はわけがわからないという顔で私を見て、洗濯物を出しに行く。

「ねぇ、」

その広い背中に付いて行きながら声をかける。

「おー、なんや?」

振り返らないまま修吾が返事をする。電気もつけていない洗面所は薄暗くて、私の不安をそのまま映し出したみたいだった。

「今日、来てたのって元カノだよね」
「そうやな」
「…そっか」

少し俯くと、洗い物を洗濯機に突っ込み終えた修吾がこっちを振り向く。

「何暗い顔してんねん」

フッと優しく笑った修吾が私の頭にポンと手を置く。今日、たくさん点を決めた手。

「アイツに言われてん。『ご飯行こうよ』って。まぁその、下心あるんは流石に分かるやん? せやから、『悪いんやけど今日は嫁さんが俺の好物作ってくれる予定やから行かれへんわ』って言うてん。そしたら『結婚したんだ、おめでとう』って帰っていきおった」

安心しいや、と修吾は言う。
修吾が私を尊重してくれたことは嬉しい。でもその内容に文句があった。

「結婚してないんだけど」
「遅かれ早かれそうなるんやからええやろ!」
「私返事してない!」
「おっまえ…一緒に住んで、この洗濯機も一緒に選んでおいてまーだそんなこと言うとんのか」
「返事するまでずっと言う」
「じゃあ、はよ返事せえ。今せえ!」
「やだ!」

パッと踵を返して明るいリピングへ逃げ込む。
私を追いかけてきた修吾もリビングへ入ってきた。

「なんで逃げるんや」
「もーうるさい!」
「うるさいておま… 名前、もしかして照れとんの?」

耳真っ赤やぞ、と修吾がニヤッとした顔で指摘する。
ずっと好きだった人に、当たり前のようにこれからも一緒にいることを望まれてこうならないわけない。ずっと変わらずにこの人が好きなのだから。

「なぁ照れとるんやろ?」

名前ちゃーん、とからかうように私を呼ぶ修吾の顔を両手で掴む。そしてグイッと下に引っ張った。

「おわ、ちょ、」

驚きつつもされるがままの修吾に、背伸びをして口づけた。五秒ほど固まっていた修吾だが、我に返ったのかそっと私の腰を抱いた。

「なんや急に」
「…なんとなく」
「びっくりするやろ」
「ごめん」
「別にええけど」
「じゃあ、ご飯にしよ」
「ちょ、これで終わらすつもりなんか?」
「終わりでーす」
「おい名前」

唇を離して台所へと歩き始めた私の後ろをヒヨコよろしく修吾がついてくる。

やいやい言う賑やかな様子に思わず笑みがこぼれた。
ねぇ修吾、あなたの視線を独り占めにできるってこんなに嬉しいんだね。

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