朝目が覚めると隣を確認する癖が付いたのはいつからだろう。
自分以外誰もいないベッドに起き上がり、まだぼんやりする頭であぁそうだった遠征に行ってるんだった、と思い出す。隣に自分と違うリズムの鼓動があることがすっかり当たり前になって、隣にちょっと熱いくらいの体温があることに落ち着くようになって、彼の存在がすっかり自分の生活に溶け込んだ事を知った。
一人で迎える朝がちょっとだけ寂しいと思うようになってしまったことは私だけの秘密だった。いつ帰ってくるって言ってたっけなと思い返しながらもう一度ベッドへ倒れ込むと、直ぐに瞼が重くなってくる。偶には二度寝もいいよね、と心地よいまどろみに身を任せた。



珍しく試合中継を観ようと思ったのは別に彼がいないことが寂しいからではない。本当に。
ホームゲームは会場まで観に行くことだってあるし。なんて言い訳めいた事を思いながらテレビに試合が映るようにしてソファーに腰かけた。

選手の呼び込みが始まると、彼が呼び込みに応えながら入場してきた。すっかり定着したヒゲとキャプテンのポジション。「あっという間に長老枠だよ」と笑っていたっけ。まだまだ引退する気なんてない癖に。

「んん…」

観客の声援にこたえる姿を観ながらグッと伸びをする。そうしても、体の重だるさは変わらない。眠気も強いし疲れてるのかな、とさほど気には留めなかった。
そうしている間に試合開始のホイッスルが鳴る。妖怪世代と呼ばれる選手たちの活躍は顕著だけど、そのメンツの中でキャプテン張ってる福郎だってなかなかだと思う。身内のひいき目かもしれないけれど。
福郎がポイントを決めると歓声が上がる。当たり前のことなのに、何故か自分がそこにいて彼に直接声援を送れないことが腹立たしかった。自分の変化が、自分でしっくりこない。こんなに、彼がいないことに不安や寂しさを感じるようなことはなかったし、独占欲めいた気持ちを強く抱くこともなかった。自分が、違う形の生き物になっているような気がした。私こんなにメンタルグラグラじゃなかったはずなのになぁ。
日頃柔和な雰囲気を醸し出している彼は、ひとたび試合となるとその柔和さは鳴りを潜め、相手のスパイクを叩き落さんと爛々とした目をしていることが多い。その瞳をどこかで見たことがある気がした。普段真剣な表情をしないわけじゃないけれど、試合中の真剣な表情は貴重だと思う。その顔を見るのが私の密かな楽しみだった。本人には絶対に言わない私だけの秘密。
家族だからか「あ、今悪い顔した」とかわかるのはちょっと楽しい。きっと、私にしか出来ない楽しみ方だ。

拮抗した試合だったけれど最終的に福郎のチームは負けてしまった。
その時の心底悔しそうな顔に少し微笑んでしまう。初めて負けるわけじゃないのに、やっぱり負けるとすごく悔しいみたいだ。常に真剣にぶつかれるものがある事を微笑ましく思った。本当バレーが好きなんだな、とちょっとだけヤキモチを焼いてしまう。



そんな昨日のことを思い出している内に、深く眠っていたらしい。水の底からゆっくり水面に上がるように、意識が戻ってくる感覚。
その最中、何かが体に触れているような気がした。

「んぅ、」
「お、起きた」
「ふくろ?」
「ただいま名前」

さっきまで画面の中にいた人が何故ここに?と不思議そうな顔をしてしまう。

「そっか、夢、」
「寝ぼけてる?」

起きろ〜と、福郎がほっぺにちゅっちゅと口づける。ヒゲが当たってくすぐったい。
「おかえり」と両手を広げると、「ただいま」とベッドに横になる私に覆い被さるように抱き着いてくる。その姿が可愛いと思った。
キャプテンで、背格好の立派な成人男性で、長男で、そんな頼りにされる立場の人間が私には甘えた姿を見せてくれていると思ったら、どうにも愛おしい。寂しかったと口に出さずに抱きつく腕に力をこめると。福郎もギュッと抱き返してくれた。伝わっている感じがして嬉しい。凛々しい眉を指で優しく撫でていると、くすぐったげに細められていた瞳が少しずつ爛々とした光を灯し始める。試合中のあの目と同じだ。それに気がついて恋を知ったばかりの少女みたいにドキドキと胸が高鳴る。

「珍しいね。この時間まで寝てるの」
「なんかちょっとだるくって、最近すごく眠いし」
「大丈夫か?」
「疲れてるのかも、生理も遅れてるから」

甘えるように胸に頬ずりする。福郎のにおいがして、なんだか心が落ち着いた。気遣うように背中を撫でる手が、腰から服の中に入ってくる。肌と肌が直に触れ合うのが心地よい。

「…どのくらい遅れてる?」
「んー、ひと月、まではいかないけど、そのくらい」

もともと、ストレスが原因でそのくらい遅れることはままあったから気にはしていなかった。
私の答えを聞いた福郎は、何やら驚いたような嬉しそうなでもどこか神妙な、とにかく複雑な表情をしていた。爛々とした焔は瞳からすっかり消えている。

「福郎?」
「ちょっと、出てくる。すぐ戻るから」

遠征から戻ったばかりだというのに、慌てた様子の福郎は夕闇に染まり始めた街へ出かけて行った。
いったいどうしたのかと、また眠気に負けてうとうとしている内に、玄関からガタガタと騒がしい音が聞こえた。全力ダッシュでもしたのか、ってくらい帰宅が早い。

「名前!」

文字通り寝室へ飛び込んできた福郎は、ビニール袋から何かを取り出して私に握らせた。ドラッグストアのロゴが入ったビニール袋から出てきたのは、妊娠検査薬。驚きすぎて眠気が吹き飛んだ。どうしてその可能性に思い至らなかったのだろう。充分あり得る話なのに。

せかされるままにお手洗いへ入る。ドキドキする胸を押さえてパッケージを開けた。

結果は、まぁ、その、ソファーに座る私の手を握り感激した様子の福郎を見れば言うまでもないだろう。


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