駅のポスターで見かけた顔が社内を歩いている、なんてことが弊社では珍しくない。そのポスターが弊社のバレーチームのポスターであることを考えたら特に不思議はないのだけど、やっぱり多少「おっ」とは思うものだ。
Vリーグの中でも強いチームらしく、日本代表も数人在籍している。国際試合の中継で顔を見かけるとつい応援してしまうのは、親しみというもののなせる業なんだろう。

だから、そんなポスターで見る顔の一人が、夜に女性と二人で歩いていたとしたら、気になってしまったって仕方ないと思うのだ。

花金だー!と同僚と二人飲みに繰り出したある日。二件目に向かっていると映画館の入る商業施設から出てきたやたらと背の高い人物が目に付いた。

「あれ、昼神さん…」
「え?」

思わず漏れた声に、同僚も反応した。
190pオーバーの人間なんてなかなかお目にかからないせいで、雑踏の中でもすぐ見つけることができる。建物から出てきた彼は、一人では無かった。その右手に腕を引かれ、後ろからついて来るように出てきた女性の姿に、ふと秘書課の女の子の顔が頭を過る。女性社員の中では露骨な昼神さん狙いで有名だった。とはいえ、彼女は「スポーツ選手と付き合う自分」に憧れているのであって、相手が昼神さんじゃなくても良いのかもしれないと思わせる節があった。
ついに昼神さんも彼女の手中に落ちたのか、と多少残念に感じる。ああいう手合いは相手にしていない様に見えたのに。やっぱり、若くて可愛い子に男は靡くものなのか。

「ねぇ、あれって苗字さんじゃない?」

同僚の言葉にじっと目を凝らすと、確かにその女性は私の予想とは違い苗字さんのようだった。秘書課のあの子じゃないと分かった途端に昼神さんに好感を抱く。現金で申し訳ない。
そういえば最近二人が立ち話をしているところをよく見かけたように思う。なるほどいい感じだったのねとその様子を思い返して納得した。されるがままに腕を引かれていた苗字さんがグッと踏ん張って歩みを止める。そして、何か抵抗する素振りを見せた。昼神さんはいつもと変わらぬ様子でそれに対応していて、結果的に苗字さんはどこか悔しそうな顔で頷く。

二人で話している様子を見かけるたびに、レオンベルガーと自分のことをアフガンハウンドだと思っている柴犬みたいだな、と思っていた。
なんか分かり辛い例えだけど、言い換えるならライオンと自分がライオンだと思っているイエネコという感じだ。
同等として一生懸命歯向かうけど、結局力の差があるから抑えられちゃうか上手く転がされちゃうみたいな。
もっともライオン側はその些細な抵抗を可愛く思っているように見えた。
ライオンは、掴んでいるといった様子だった手をしれっと恋人つなぎにして、未だニャアニャア何か抵抗しているらしいイエネコを連れ夜の街へと消えていった。

「なんか、見ちゃいけないところ見た気分」
「わかる。でも何故か好感度は上がった」

その後の2件目は二人のことを酒の肴にして大いに盛り上がった。私は結婚するにベットしたので、二人には何卒ゴールインして頂きたい。

その直後の月曜日、社内は昼神さんと苗字さんがデートしていたという噂で持ちきりだった。まさか、と金曜一緒だった同僚の顔を見ると彼女は首を横に振る。彼女も私も人に話してはいない。つまり、私たち以外にも彼らを見かけた人がいるということだろう。
特に仲がいいわけではないけれど、二人のことが気にかかった。きっと、噂されるのは良い気分じゃないだろうし、余計な面倒を呼び込むことがあるから。

案の定、秘書課の方角から吹いてくる風が、キャットファイトの予感を運んでくる。毛並みのいいロシアンブルーにイエネコは勝てるんだろうか。

意外なことにその日のうちにキャットファイト(というほどのものでもなかったらしいが)は決着した。勝利したイエネコは思わぬ勝利と、副産物に戸惑いを隠せないでいるようだった。副産物こと昼神さんは、これ幸いとばかりに堂々と苗字さんにちょっかいをかけ始めた。仕事に支障もないし、目に余るようなこともない絶妙なそれは、周りに咎められることもなく続いた。その結果として、イエネコはライオンと苗字を同じにするに至り、その懐に納められることになった。そして賭けに勝った私はちょっとお高いお酒をゴチになることに成功したのである。


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