ある日ハタと気が付いた。 そういえば好きとか言われてないって。 本当にデートしませんか、と言われて早数ヶ月。遠征だなんだと忙しい昼神くんのスケジュールの合間を縫って会うこと数回。これってもしかして付き合ってるってことで良いんでしょうか。 その疑問が頭をもたげてから、1人もやもやと昼神くんのことを考えてしまうことが増えた。正直に言えば、両想いだと思う。昼神くんの表情とか態度とかでそれは充分察することができるけれど、ちゃんと言葉が欲しいと思うのはわがままなんだろうか。 「どうかした?」 「えっ?!」 「なんかボーっとしてたから」 「ううん、なんでもない」 誤魔化すようにストローを吸う。 「名前何飲んでるんだっけ」 「んっとね、チャイティーラテ。ミルクじゃなくてソイにしてみた」 「え、牛乳アレルギー?」 「ううん。味変わるのかなって思って。あんまり違いわかんない」 次からはカスタムしなくてもいいかな、と言えば、「一口頂戴」と昼神くんが顔を近づけてきた。 「えっ、あ、どうぞ」 「ふっ、なに。動揺してる?」 「うるさい」 図星を突かれて強い言葉で応じれば昼神くんは何がおかしいのか、くすくす笑いながらストローに口を付けた。 「あ〜、まぁなんか豆乳感は若干あるな〜」 納得した顔でそう言ったかと思うと「俺のも飲む?」とストローをこちらに向けられた。 「にっがい!」 「ブラックだもん」 渋い顔をする私に「ごめんごめん」とおかしそうに笑いながら謝る昼神くんは、ドリンクを持っていないほうの手でなだめるように私の髪を耳にかける。そのせいで指が耳をなぞるように滑りぞわぞわしたものが背筋を走った。 「そろそろ出る?」 「うん」 コーヒー店を出ると当たり前のように手を取られる。この手を握ることにもすっかり慣れて緊張しなくなっていた。 道行く私たちはきっとカップルにしか見えない。何回目かのデートの別れ際キスもされた。それからは、別れ際にキスをするのがお約束になってしまっている。昼神くん。私、あなたの彼女だって思っててもいいの? 「あの、さ、」 「ん?」 勇気を出して口を開く。雑踏の中では身長差のせいで声がうまく届かない。こういう時いつも昼神くんは私の声を聞き漏らさないように顔を近づけてくれていた。顔が近づいたせいで余計に緊張する。 「私たちって、つき、あってるってことで、いいの?」 突っかかりながらもそう聞くと、昼神くんはキョトンとした顔で「俺はそう思ってたけど…」と言った。 「待って、もしかして名前付き合ってないと思ってたの?」 「だ、だって好きとか言われてないし」 「あれ、言ってなかったっけ?」 「言われてない」 あっちゃーと言った表情で「あ〜、だからまた昼神くんに逆戻りしてたんだ」と言う昼神くんは少し周りを見渡したかと思うと、私の手を引いて近くのベンチに座った。 「一回名前で呼んでくれるようになったのに、なんかまた心の距離できたな、とは思ってたんだよ」 ごめん。不安にさせちゃったな。と昼神くんはポンポンと頭を撫でた。 「わ、私、昼神くんのなんなんだろうって不安になっちゃって、そしたら、昼神くんのことばっかり考えるようになるし、頭の中ぐちゃぐちゃで、」 ここ最近の心境を吐露すると、頭を撫でていた手が止まる。昼神くんを見ると、ニコニコした顔で私を見ていた。 「へぇ〜、俺のことばっか考えちゃったんだ?」 良いこと聞いた。と嬉しそうな昼神くんにしまったと思うも、すでに口にした言葉は今更取り消せない。 「名前、もしかして俺のことすごい好き?」 「…がう」 「え?」 「違う。好きじゃない」 嘘と分かる嘘。悔しくなって子供みたいな言葉が口を突いて出る。 「そっか、残念。俺は名前のこと好きなんだけどな〜」 このタイミングで言わないで欲しい。反射的に顔が熱くなるのが分かった。 「じゃあ今日は俺の部屋に泊まる予定だったのやめたほうがいい?」 そういう聞き方ずるい。わかってるくせに。まんまと手のひらの上で転がされる。 「…やめなくていい」 足元で地面をついばむ鳩を見ながら答える。次の瞬間、一斉に鳩が飛び立った。何事かと思えば、昼神くんが急に立ち上がったせいだった。そのまま彼は私の前にしゃがむ。しゃがんでも元が大きいから目線が私と変わらない。 「苗字名前さん。俺と結婚を前提にお付き合いしてください」 そんなロマンチックのかけらもないシチュエーションで繰り出された言葉は、見事私のハートを打ち抜いた。 「…はい」 コクリと頷けば昼神くんはにっこりと笑った。 「撤回できないからな」 「えっ」 クーリングオフ制度って知ってます? それから機嫌がよさそうな福郎(名前で呼ぶように言われた)と連れ立って彼の部屋へと向かった。途中お泊り用の歯磨きセットを買いたいから、と薬局に立ち寄る。歯磨き粉の棚に向かう私に「俺も見たいものあるから」と言い福郎はどこかへ歩いていった。 先に会計を済ませて待っていると「袋大丈夫です」と断る声が聞こえる。何買ってるんだろう。 「お待たせ」 「大丈…、ぶ」 「どうした」 その手にある0.01oの文字に頭がフリーズした。いや堂々と買いすぎでしょ! 「なに、もしかして持ってた?」 「…持ってない」 「じゃあいるだろ?」 そうだね、なんて相槌を打てるはずもなく思わずその広い背中を手でバシンと叩く。何が楽しいのかハハハと笑い声を上げる福郎に、もしかして選択間違えたかなと薄っすら星が出始めた空を見上げたのだった。 |