土曜の朝、着信を告げた携帯を手に取ると、昼神くんから昨日のお礼と次はこのお店に行かないかというメッセージが届いていた。
昨日も思ったけど、案外まめなタイプらしい。
URLを開けばこれまた私好みのダイニング居酒屋で、好みを見透かされているようで何だか悔しくなった。ごちそうになった手前、断るのも忍びないのでこちらも、ごちそうになったお礼と提案されたお店を気に入った旨を返信する。
昼神くんからのメッセージを見返しながら、なんだか背中がむずむずする気持ちに襲われた。
だってこれって、まるでデートの約束みたいだ。
違うこれは同僚として、あくまで友情だと頭の中の私が声を張り上げる。すると別の私が、でもどの服着ようかな、気になってたワンピース買っちゃおっかなって思ってるじゃん。
友情じゃない、デートよ!と友情を主張する私をドン!と押しのける。
頭の中がもうぐちゃぐちゃだ。当然ながら答えなんて出るわけもなく、考えるのをやめたくって眠くもないのに布団にもぐりこんだ。




週明けの月曜日、いつも通り出社すると何か視線を感じる気がした。チクチクと感じる視線に首をかしげながら自席へ腰をおろすと、隣の先輩がこちらを向く。

「おはようございます」
「おはよう苗字さん。ねぇ、週末昼神くんとデートしてたって噂で持ちきりなんだけど本当なの?」
「えっ?」

興味津々な様子を隠そうともしない姿に、先ほどの視線の理由を悟った。間違いない。金曜日2人でいるところを誰かに見られていたのだ。
ひそひそと話し声がしてふと後ろを向くと、見知らぬ女性社員たちが私を見ながら何事かを話している。
注目を浴びるのは得意じゃない。しかもこんな形で。

「昼神くんはいいお相手だと思うわよ」
「本当にそういうのじゃないんです。一緒に食事しただけで」
「あら、でも向こうがそう思ってるかは別よ」

先輩はにこにことそう言って、「さ、野次馬は放っといて仕事しましょう。嫌だろうけど、反応しないことが一番よ」と私の肩を叩いた。「はい」コクリと頷いて私はようやっとパソコンの電源ボタンを押した。



噂になっていることを知った時から、もしやこうなるのでは、と思っていたがまさか本当に呼び出されるとは思わなかったなぁ、と目の前で怖い顔をしている秘書課の彼女を見つめる。
仕事中でなく昼休みに呼び出すあたり、わきまえてはいるようだ。

「あの噂、本当なんですか」
「いいえ、デートじゃないです」

事実を端的に伝えてみたが、余計に怒りに火が付いたらしい。

「映画に行くって言ってたじゃない」
「映画も見ましたけど、アレは不可抗力です」
「私が何度誘っても来てくれたことなんてないのに」
「その、決してデートではないので気に病まれることは「…この間からなんなの。あなたどうせ契約だから優しい昼神さんに取り入って上手く寿退社しようなんて考えてるんじゃないの」

そういわれて正直カチンときた。
それはちょっと失礼じゃないかな、私にも昼神くんにも。
私の怒りに気が付いたのか、彼女は私を見てハッと顔を青くした。

「そういう考えは一切ないし、そういう浅はかな考えの人間に福郎が引っかかるって思ってるのって失礼だと思う」

外見を磨く前にもっと磨く場所あんじゃないのと言いそうになったがそれは飲み込んだ。

「ステータスとか、スペックとか、表面的なとこを見てる間は福郎は貴女に靡かない。きっと今なら、福郎自身のことを見てる私の方を選ぶ」

そう言い切ったところで、ピリついた場にそぐわない楽しそうな声が割って入ってきた。

「俺のために争わないで〜って言うべき?」
「げっ」
「あれ?今、名前げって言った?」
「イイエ」

そうか、彼女が青ざめたように見えたのは私の背後に福郎が現れたからだったのか。

「まぁ、言いたいことは色々あるんだけどさ。名前の言った通りかな。俺は君に靡かない」

後ろから両手を私の肩に置いた福郎はそう言った後「ごめんね」と彼女に告げた。
彼女は死刑宣告を受けたみたいな顔でクルリと踵を返し走り去っていく。なんというか、すごく悪いことをした気分になってしまった。

「言い過ぎたかな」
「ん、カッコ良かったけど?いや〜俺のことそんなに好きだとは知らなかったな」

その言葉に思わず目を見開いた。

「は?好き?」
「うん。俺って愛されてるな〜って思った」
「随分と都合のいい耳してない?」
「耳はいたって健康。好きでもない奴のためにあんな啖呵切る?」
「う〜ん」

そう言われると確かにどうなんだろうと悩んでしまう。

「福郎って呼んでくれて結構嬉しかったんだけど」
「え?呼んだ?」
「うそ、無意識?」

キョトンとした私に福郎が驚いた顔で聞く。全く自覚がなかった。よくよく自分のセリフを思い返してみると、なんか好きっぽい感じのセリフだった気が。

「へぇ〜無意識か」

目の前でにやにやするこの男の顔を引っ叩いても許される気がする。この顔ものすごく腹立たしい。

「まぁなんにせよ、俺と本当にデートしませんか苗字名前さん」

そう言われて、もうなるようになれ!と私は昼神福郎の手を取ったのだった。


鏡に映る自分の姿は今日の主役と思えないほど、戸惑いと困惑が表情に出ている。
いや、まさかとんとん拍子にここまで進むとは思っていなかった。夫の手腕に拍手を送るべきだろうか。

「名前、入るよ」

扉の向こうから夫の声がして、かちゃりと扉が開く。
夫の方を向けば、彼は普段のにこにこした様相が嘘のようにはちゃめちゃ真顔で立っていた。

「ど、どうしたの?」

そんなに似合わなかった?と不安に襲われる。
当日のお楽しみだよ、とどんなドレスを着るか内緒にしていたのだが、想定外の反応に失敗だったかなと冷や汗が出た。

「いや、その、ビックリして」
「そんなに似合ってなかった?」
「違う。想像よりもずっと素敵だよ」
「お、おお」
「名前って照れ方変だよね」
「…うるさい」

本当に良く似合ってるよと普段通りにこにこと笑う夫にほっとする。

「緊張してる?」
「ん〜それよりもなんでこんなことにって気分」
「ここに来てそういうこと言うか〜?」

福郎はガックリと肩を落とす。
珍しい姿にクスクスと笑っていると、頬に彼の唇が落ちてきた。

「今はこっちで我慢しとく。本当に綺麗だよ名前」
「…ありがと」

行こうか、と差し伸べられた手を取る。私を絡めとってしまったこの蜘蛛の手をこれからはずっと握りしめて歩いていくのだ。


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