10周年記念の読み切りを読んで書きました! 『昼神ッ、ここでヨッフェをドシャットー!!』 興奮したような実況の声に呼応するように会場中に歓声が響き渡る。 「ぱぱー!」 私の膝の上で観戦している子供も、嬉しそうにコート上の父親に声援を送っていた。 本人はコートの中でガッツポーズを決めた瞬間、日向選手や宮選手に飛びつかれるように揉みくちゃにされていた。苦笑いの角名選手や我関せずの佐久早選手は傍観しているものの、揉みくちゃ状態から解放された福郎とハイタッチしてくれている。年長者として敬ってくれているようだ。 「ぱぱすごいね!」 「うん、すごいね」 子供の言葉に素直に頷く。本人には「オンラインで見る」と言っていたけど、ついチケットがまだ購入可能なのを見かけて買ってしまった。でも、やっぱり見に来て正解だと思う。 生の姿ってやっぱりかっこいい。 サーブのために福郎がこちらへ歩いてくる。ボールを受け取った直後、彼と視線が交わったような気がした。彼は特段何の反応も見せずにサーブのモーションに入る。そしてそのまま、コートエンドにサーブを叩き込んだ。相手コートの犬鳴さんが悔しそうに顔を歪めている。 なんだ目が合ったの気のせいか、とホッとしていると、再びサーブを打つためにこちらへ向かう彼が、私を見てニヤッと笑った。いやバレてる。これはバレている。今のは「なんだ見に来てたんだ」の笑みに違いない。とりあえず子供の手をもってふりふりと手を振らせてみる。すると、彼が嬉しそうに目を細めるのが分かった。 二度目のサーブは残念ながら犬鳴さんに綺麗に拾われてしまう。そして、影山くんが上げたボールを、星海くんが綺麗に決めた。 「こーらいくんかっこいい!」 「ほんと、かっこいいね」 星海くんをかっこいいと称賛する子供の様子に、なんだかんだ言いつつ星海くんをかっこいいと評する幸郎くんの姿が重なる。 面差しが似ているせいもあるのかもしれない。明らかに父親似の容姿に生まれ付いた子供を眺めながら、この試合の話を聞いた日のことを思い出す。 珍しく考え込んだ様子で帰宅した夫に「どうかした?」と水を向けたのは、私の方だった。 彼は少し間を置いて「実は…」と話し始める。 「オールスター?」 「うん。モンジェネのやつら中心の試合するんだってさ」 「モンジェネって星海くんたちの世代だよね?」 福郎は世代じゃないのに、という気持ちが顔に出ていたのか、彼は苦笑いしながら「まぁ他にも外国人選手とか上の世代も混ぜるんだよ。それで俺にもお呼びがかかったわけ」と説明してくれる。 「良かったじゃん」 「うーん、まぁね」 「…気乗りしないの?」 「いや、どっちかっていうと武者震い」 「武者震い?」 「若利や光来をどうやって負かしてやろうってさ」 「わー…良い性格してらっしゃる」 「どうも」 「褒めてないよ」 「知ってる」 はは、と軽快に笑いながら、彼は遊び疲れて寝落ちした子供を私の腕から引き取ってくれる。 「寝てると重たいな〜」 「力抜けてるとよけい重く感じるよね」 「あんなにふにゃふにゃだったのに、もう走り回れるんだから驚きだよ」 「ほんとに。そういえば、パパの試合見たいって騒いでたよ」 「それは張り切っちゃうな〜」 いいとこ見せないと、と福郎は子供の手に触れる。すでに平均サイズを優に超えている我が子だが、福郎の手と比べるとえらく小さく思える。これが目の錯覚か、と一人感心してしまった。 「まだ長時間じっとしてるの難しいと思うし、今回はオンラインで観戦しようと思うの」 いい?と確認すると、彼はこくりと頷いて「名前に任せるよ」と片手を私に伸ばして、私の髪を撫でる。まるで恋人のような甘い触れ合いに、照れ臭い気持ちになった。 「照れてる?」 「ッ、照れてない」 「そっか〜」 「何よその顔ぉ…!」 「え〜?」 別に普通の顔だけど?と笑う顔はからかい混じりで、こういう表情って何年たっても変わらないなぁと、少し愛おしい気持ちになる。そして、髪を撫でる手に引き寄せられてからのことを思い出すと、ついつい顔が熱くなった。 おぼこい少女じゃあるまいし、いい歳してなにを照れてるんだろう。ちょうど、選手交代のアナウンスが入って、福郎が白馬選手と交代するのが見えた。確か白馬選手も幸郎くんの同級生だったなぁ、と幸郎くんから聞いたことを思い出す。 コートから出た福郎は、ベンチに腰かけて水分補給をしていた。表情がどこか不完全燃焼っぽさを漂わせている。30代になってもこうして第一線で活躍しているのは本当にすごいことだ。それも日本代表に選ばれるような、妖怪たちと張り合えるくらいの実力を保ちながらであることを考慮するとなお一層そう思える。我が夫ながらすごいなぁと感心してしまった。 普段そういった面を意識することってほとんどないんだけど、こうふとした瞬間に、彼のすごさというか、秀でた部分にちょっとびっくりしてしまうのだ。家だと割と普通の夫だし。いや、普通の夫にしてはガタイが良いかもしれない。 ふと、水分補給を終えた彼の視線がこちらを捉える。そして、ほんの少しだけ口角を上げたかと思うと、すぐ視線がコートへと戻った。コートの中では、及川選手のセッティングに相手チームが見事に釣られている。そして、影山くんと牛島くんが悔しそうに顔を歪めるのが見えた。もしかして二人とも、及川選手となにか因縁でもあるんだろうか、確かみんな宮城の出身だったし。 熱気冷めやらぬ体育館。勝敗はまだ付きそうにもない。もう一度福郎がコートの立つのをみたいなぁ。かっこいいところ、もっと見せて欲しい。ついついそんな願望を抱いてしまう。 祭りが終わるその瞬間まで、私もこの時間をめいっぱい楽しむのだ。 |