交際中の話

すっきりとした目覚めを迎えたのは久しぶりだった。ベッドの中で伸びをして時計を探すと、時刻は朝と言うには微妙な時間帯で、私が長時間眠っていたことを示していた。いい加減起きないといけない。そう思って上半身を起こしもう一度伸びをする。そして両足を床につけて立ち上がった。

「ん?!」

立ち上がった瞬間に感じたのは、股関節の違和感。痛み、とまではいかないけれどどこか変な感じがした。なんでだろう?と首を傾げながらひとまず寝室を出る。

「あ、起きた?」
「うん」
「おはよ」
「おはよお」
「ぽやぽやしてるな〜」

穏やかな笑顔でそう言いながら福郎はソファーから立ち上がった。そして迷わず両腕を広げて私を捕まえる。

「っわ、」
「おはよう名前」
「ん、おはよ」
「体は大丈夫か?」
「んー…股関節がなんか変」
「あー…そりゃそうだろうな」

特に疑問は感じてない様子の彼は私の背中を規則的な動きで撫でながら「昨日無理させたからなー」と何でもなさそうに言った。

「え?…ぁ、あー…」
「どうした」
「いや、目覚めがすっきりしすぎてて昨日のことすっかり忘れてた」

そうだ、昨日はそういうことをした、というかだいぶん無体を強いられたから股関節だって悲鳴を上げるはずだ。長時間眠るのも無理はない。だって体力の限界まで運動したようなものなんだから。

「…思い出したらムカついてきた」
「怒るなって」

そう言いながら彼は甘えるように私に頬擦りした。

「かわい子ぶらないで」

放せ〜!とジタバタして見るけど、彼は特に苦労した様子もなく私を押さえ込む。

「まあまあ、折角のホワイトデーなんだから落ち着いてよ」

そう言って彼は私をひょいと抱える。どういう理屈なんだ、と思いはしたけれど、落とされちゃいやなのでひとまず大人しくした。

「はい到着」

ソファーに座った福郎の上にちょこん、と横向きに座らされる。

「はい、お返し」

にこやかな表情で福郎は箱を私の手に押し付けた。

「あり、がとう」

まさか寝起きでお返しを渡されるとは思わず虚をつかれてしまった。

「開けてみて」

促されるままにリボンを解く。箱に刻まれたロゴは彼が愛用しているブランドのモノで、3倍どころじゃないお返しに少し緊張した。箱を開けて中身を取り出す。
ホワイトデーのお返しは、落ち着いた色のレザーとビビッドなカラーの糸とのコントラストが可愛いキーケースだった。

「わ、可愛い」

ありがとう!とお礼を言うと「どういたしまして」と微笑まれる。ふと、そのキーケースが見た目よりもずっしりと重量を持つことに気がついた。厚みの無いレザーなのに、と不思議に思いボタンを外すと、中に一本鍵がぶら下がっているではないか。

「え、なん、え?」

混乱して鍵と福郎の顔とを何度も見比べてしまう。その様子がおかしいのか、彼が声を上げて笑った。

「いつでもここに来て」
「…いい、の?」
「もちろん」

なんだかジーンとした私は、彼の首に腕を巻き付けるように抱き着いた。

「ありがとう!」
「おわ!びっくりした」
「すごく嬉しい」
「どういたしまして」

喜ぶ私に、彼も嬉しそうに笑った。そしてそのまま2人してソファに倒れ込む。

「重いぃ!」
「ははは」
「何笑ってんのもぉ…」

こういう瞬間に幸せだなぁと思ってしまう。鍵というすごく大事な物を私に与えてくれたのが、信頼の証のようで嬉しくて仕方なかった。
とはいえ、この鍵を使う云々の前に早々に私はこの家の住人になるのだが、そんなことをこの時の私は知る由もないのである。


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