星海光来は目の前の光景を見ながら、どこか懐かしくもうんざりした気持ちになっていた。

「ねぇまだ?」
「もうちょっと」

定食に付いていたサラダのレタスを咀嚼しながら、目の前の光景を見やる。口に広がるレタスのほろ苦さが、今の気分とどこか似通っていた。目の前にいるのは、片や目に入ったまつ毛を取って欲しい女、片やまつ毛を取ろうとしている男。そしてその二人は職場の先輩であり、星海の友人の兄夫婦でもあった。

その日、普段より早い時間に食堂に来た星海は。今日のランチメニューが記載されたホワイトボードを見ながら何を食べるか考えていた。そこへ、キャプテンである昼神福郎がやって来る。そして「お、光来も今からランチ?」と故郷の友人を彷彿とさせる笑顔で星海の隣に立ち「俺はさば味噌かな〜」とホワイトボードを見ながら言った。自然と一緒に食事をする流れになり、2人で最近のチームの話なんかをしながら食事をしていた。
すると、ふと昼神が「お、うちの奥さんだ」と少し離れた席に視線をやる。星海もそちらを見ると、確かにキャプテンの配偶者が同僚とランチをしている姿が目に入った。それ以上昼神が彼女に言及することは無かったので、星海も気にせず食事を続けた。昼神につられるように選んださば味噌の味に、間違いない選択だったと思う。
少しして、誰かがこちらへ近づいてくる気配がした。

「昼神さん」
「ん、どうした」
「ねぇ、目に何か入ってないか見てくれない」
「いいよ」

キャプテンの配偶者である昼神名前が片目を押さえてこちらへやってくる。何か参ったような様子で、心なしかパンプスのヒールの音も元気がなく思えた。昼神の横に腰掛けた名前は「なんか目がゴロゴロする」と問題のある目を指さす。そっと頬に試合中蜘蛛の手と呼ばれる手を添えて、昼神が目を覗き込んだ。蜘蛛の手も、妻に触れる時は優しいらしい。

「あぁ…まつ毛入ってるな」
「えぇ…」
「取りましょうか昼神さん」
「お願いします」

二人は夫婦だが、職場ではお互いに名字で呼んでいるらしい。ややこしくねぇのか、と思ったが星海には大して関係の無い事柄なのでそれ以上は突っ込まなかった。職場結婚なんてそんなものなのかもしれない。
静かに二人の様子を眺めていると、徐にポケットに手を入れた昼神が何かを取り出した。

「目ぇ開けてて」
「ん、」

ポケットから出した目薬を彼女の目に数滴落とした後、「瞬きして」と昼神が指示を出す。

「あ、取れた気がする」
「見せて」
「早く」
「はいはい女王様」
「もーなにそれ」

くすくすと笑う名前に、昼神もつられて笑う。
昼神は時折、名前のことを“女王様”と呼ぶ。それを聞いて尻に敷かれているのかと思う人もいるようだが、実際にはそんなこと無いように思う。恐らくは牽制だ。昼神は良くも悪くも目立つ。中には、配偶者がいようと彼狙いを隠さない人もいる。そんな人に対して、自分は妻を“女王様”と呼ぶくらい尻に敷かれていて惚れ込んでいるのだと周りに示そうとしているのではないかと思えた。余計なトラブルの芽は、早めに摘むに限るから。

「取れたんじゃないか」
「うん、もう痛くない。ありがとうあなた」
「あなただって」

聞いた?光来、と昼神が嬉しそうに聞く。俺に振らないでくれ、と星海は思った。

「なに喜んでんの」
「だって夫婦っぽい呼び方されたからさ〜」

にこにこと嬉しそうに、昼神は名前の髪を耳にかけてやる。されるがままになりながら、呆れたような、それでいてどこか愛おしそうに名前も昼神を見つめた。
いや、食堂でいちゃつくなよと内心で突っ込みながら、星海は今度は兄夫婦の“こういう所“を見なければならないのかと、辟易した気持ちで故郷の友人たちを思い出したのだった。


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