珍しい毛色の子が居るなと思った。

話の流れで聞けば中途採用だと言う。なるほど、どうりで新卒でもなさそうなのに辿々しさがあるわけだと納得した。
会話をして抱いた印象は悪くない。彼女の所属部署的にも仲良くしておいて損は無いかなと打算的なことを考えた。

それから、彼女を見かけると声をかけるようになった。揶揄ってみると全身の毛を逆立てて必死に噛みつこうとする。敵うはずないのにご苦労なことで、と思いつつ、いつしかそのやり取りを楽しんでいる自分がいた。揶揄ったら噛みついて、優しくしたら嬉しそうにそして少しだけ悔しそうに尻尾を振る。悪くない時間だった。

もともと面白いことを言う子だなとは感じていたけれど、その内彼女自身に興味が湧き始めた。
何が好きで、何が嫌いで、何に笑うのか。他の異性には感じない、たった1人、彼女のことを知りたいと思う気持ち。極々ありきたりで単純な感情。
その感情を育ててしまえばゆくゆくは何になるのか俺はよく解っていた。

自分が女性に好ましく思われるタイプなのは理解している。だから、秘書課の女の子の視線にも当然気が付いていた。だけど当時恋愛というものに少々疲れていた俺は、その視線に気がつかないふりをしていた。相手に決定的な一言を言わせなければ、こちらも真摯に対応する必要なんてない。
彼女のアタックを躱すのに名前を巻き込んだのは、彼女の粘り強さに辟易し始めていたのと、名前への気持ちに整理をつけたいと思ったからだった。
相手の機嫌をとったり、理想の恋人として振る舞ううんざりするような時間を名前と本当に過ごしたいと思うのか確認したかった。

実際に映画に誘えば、不承不承のていで彼女は待ち合わせ場所に現れた。
別に恋愛経験が無いわけじゃないだろうに、名前は俺のエスコートに落ち着かない様子で、それがちょっとだけ新鮮だった。

結論として、名前は俺に何も求めていなかった。
周りに自慢できるアスリートの俺も、優しく頼りになる恋人の俺も。
名前はただ静かに昼神福郎を見ている。
何も考えてなかっただけ、と名前は言うけれど、俺にとってはそれが心地良かった。自分のままでいられる相手。なるほどこの子かとそう思った。
「運命の相手はドキドキしないんだって」と言ったのは大学時代の恋人だっただろうか。

「だから貴方は私の運命の人じゃないね」

寂しそうに笑いながらそう言って去った相手を、俺は引き止めなかった。だって俺も運命の人だなんて思ってはいなかったから。
ドキドキはしないけれどワクワクする相手は運命の人なんだろうか。もうその子の連絡先すら知らないから確認のしようもない。
秘書課の女の子に向かって啖呵を切った名前を見た時、俺の気持ちはしっかりと固まった。
あとは名前の気持ちを固めさせるだけ。

デートを重ねていたある日、名前がすれ違った赤ちゃんを見て「可愛いねぇ」と花が咲くように笑った。その瞬間頭に小さな嬰児を抱く名前が浮かぶ。その子が俺と名前の特徴を受け継いでいると良いなと、そう思った。

「産む?」
「…何言ってんの」 

ちょっと照れたように唇を尖らせる彼女は、赤くした耳を髪に隠しながら歩き出す。

「なぁ、来月の連休長野に行かない?」
「長野?」

なんで急に、と不思議そうな顔の名前が俺を見上げる。
あぁ、そのVネックの服はよく似合ってるけれどこうして見下ろすと胸元が実によく見える。俺の前以外で着ないように言い含めないと。

「そ、俺の実家」
「じっ…か」

少し目を泳がせた名前が「実家ってなんで…」とどこかモゴモゴと言い辛そうに聞く。大体の予想はついてるくせに、いまいち彼女は自信がないところがある。まだ気持ちが固まってないのか、と少し焦れた。

「俺の親と妹弟に会って。後飼い犬にも」

俺の奥さんになる人だよって言わせて、と告げれば名前がハッと目を見開く。瞳が揺れている。迷っているのかそれとも喜んでいるのかわからない。
そして俺をじっと見つめたかと思うと「わかった」と頷いた。
その時、俺がどんなにホッとしたか名前は知らないだろう。
放さないように俺のものより小さなその手をぎゅっと捕まえた。


無事に実家での挨拶という人生の一大イベントを終えた俺に、弟が「兄ちゃんの結婚相手、意外だったな」と話を振った。

「そうか?」
「女子アナみたいな人と結婚すると思ってたからさ。ほら前の人とか」
「あぁ…」

暗に以前交際していたタレントの彼女を指しているとわかった。
ちら、と名前の方を見ると妹と母親と何やら話し込んでいてこちらに気づいた様子はない。

「…一緒にいて落ち着く方がいいだろ」
「ふぅん」
「あと一緒にいて飽きない人」
「それは同意する」

頷く様子に、昔幸郎がクローゼットに仕舞おうとしていた女の子を思い出す。当時大泣きしていた彼女を、弟は無事腕の中に"仕舞った"ようだった。

「…彼女とは上手くいってるのか?」
「まぁね」
「へぇ」

それは何より、とコーヒーを口にしながら俺が"仕舞った"人を見る。すると女性陣からの質問攻めにチラチラと困った顔でこちらに視線を寄越していたものだから、助太刀するために苦笑いで腰を上げた。


目を覚ますとまだ起きるには早い時間だった。もう一眠りするか、と瞼を閉じた後、背中に張り付く温かい物に気がつく。寝返りを打ってその正体を確認すると、思った通り名前がそこに居た。同じベッドで寝ているから居るのは当然だけど、基本夏場は「暑いの!自分が筋肉の塊だって自覚して!」と近寄ることを拒否されるので珍しいなと思った。そう言えば最近朝晩冷えるようになってきたもんな、と季節の移ろいを感じていると、寒いのか名前が無意識に擦り寄ってきた。はいはい、と抱き寄せればむにゃむにゃと何か言っている。耳を澄ませてみると「…ふくろぉ」と俺を呼んでいた。まったく、暑けりゃ寄るな寒けりゃ寄って、なんて随分と都合良く使ってくれるものだ。名前のために喜んで都合の良い男になりますよ、と抱き寄せた肩に鼻先を埋める。どことなく甘く思える名前の香りを感じながら、尻くらい触らないと割りに合わないなー、と丸く柔らかなソコを思いっきり掴んでやった。当然ながら反応は無い。
早く「おはよう」って寝ぼけ眼で言ってくれやしないかと思うけれど、今の内に無抵抗の彼女を楽しんでおこうと、もう一度寝こけている体を抱き寄せた。


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