過去のことに嫉妬したって仕方ないとはわかってる。だけど気持ちは頭とは切り離された存在で、どれだけ理性的な言葉を並び立てようと従うことは無い。

「名前〜、名前ちゃ〜ん」
「ほっといて」
「いやこの状況では無理だろ〜。明らかに俺に怒ってるじゃん」
「違う」
「愛しの奥さんに『しばらく顔見たくない』って言われた俺の気持ち考えてもみてよ」

1人にして、と私が逃げ込んだ寝室まで追ってきた福郎は、隣に座って腰を抱いてくる。どうして1人にしてくれないんだろう。頭を冷やしたいのに。
私はツンと顔を福郎とは反対側に背けて彼の言葉に返事をしなかった。お尻から伝わるひんやりしたシーツの温度が少しだけ頭を冷やしてくれる気がしたけれど、まだ嫌な気持ちは収まっていない。
わかってるすごく自分勝手だって、いい年して夫の元カノに妬くなんて、自分でも驚いている。

「もしかしてなんだけどさ、妬いてる?」
「妬いてない!」
「その言い方は嘘だろ」
「わ、」

ダウト〜といいながら福郎は嬉しそうにまとわりついてくる。
筋肉があるから暑いし重たい。支えきれずにベッドに倒れ込んだ。ほんと重たい。ぬりかべに潰されたらこんな感じなのかな、なんて思った。
肌触りの良いシーツに沈むと、とげとげした気持ちも少し慰められた。福郎の為に寝具の質こだわったから寝心地は最高だ。
夫は相変わらずにこやかで、なんでちょっと嬉しそうなの、と腹が立ってくる。

「確かに付き合ってたけどさ、結婚したいって思ったのは名前だし、今は名前だけなんだから機嫌直してくれって」
「…わかってる」
「俺も名前の元カレに妬いたほうが良い?」
「そう言うことじゃないの。いるの知ってても実際姿を見ると現実味を帯びるというか、実体を持つというか、なんか、こう…もうやだ!顔が面白がってる!」
「え〜もっと聞かせて」

名前が俺の事すっごい好きってもっと実感させてよ、という夫の口にガムテープを貼ってやりたい。ガムテープにヒゲ持ってかれて痛い思いしたらいいんだ。

普段と代わり映えしない平日の夜、ひと通りの家事を終えてソファーでのんびり彼とテレビを見ていた。次の遠征どのくらい居ないの?なんて話をしながら。そこまでは、いつも通りのはずだった。
テレビに映っているバラエティでは数人の女性タレントさんが過去の恋愛経験について語っていて、恋愛で悩むのはタレントさんでもおんなじなんだな、なんて共感を覚えたりしていた。
そして、MCから話を振られたその中の1人が『実は私アスリートの人と付き合ってたことがあってーー』と語り始める。
話の中に、競技的に背が高いだとか、球技だとかそれと無いヒントが織り交ぜられていて、バスケとかバレーかな?福郎知ってたりして、と他人事みたいにわくわくした。恋愛話ってちょっと浮かれた気持ちになるよね。

『それで、クリスマスに彼が予約してくれてたレストランが、まさかのダブルブッキングで断られちゃったんですよ!今思えば彼のせいじゃ無かったのに私すっごい怒っちゃってーー』
「あー!なんかあったなそういうこと。懐かしいな」
「…は?」

お腹の底から低い声が出た。

「え?なに、どういうこと?」

これ、福郎の話なの?とテレビを指差すと、彼は目を泳がせた後「あー…昔の話だよ」と苦笑いした。
私は視線をテレビに戻して、まだ元カレ、もとい福郎との思い出を語るタレントさんを見る。スタイルが良くて可愛くてバラエティでの振る舞いを見る限り気配りもできる、お茶の間の好感度も高い人だった。私も結構好きだし。
でも、なんていうか、つい想像してしまったのだ、クリスマスの街を彼女と福郎が腕を組んで仲睦まじく歩いてる姿を。

『彼って本当に優しくて、でも結婚してくれる気配がなかったんですよね。その件で喧嘩して別れちゃったんですけど、もう少し我慢してたらなぁ、なんて思ったりします』

もし、彼女が我慢してたら、ここにいるのは私じゃなかったのかもしれない。
そう思うとそれ以上そこに居たくなかった。

「ちょっと1人にして…」
「え、なに待ってよ」
「放して、しばらく顔見たくない」
「え?!」

そして寝室に逃げ込み今に至る。

「名前」

機嫌を取るように優しい声色で名前を呼びながら、福郎が頭を撫でてくる。

「…可愛いかった?」
「まぁ…芸能人だし」

主語が無くても何のことか伝わったようだ。そういう察しの良さが彼の良いところだと思う。

「スタイルいいよね」
「…実物はわりとガリガリ寄りだよ」
「わざとディスんなくていいよ」
「別にそういうつもりじゃあ…」
「…想像しちゃったの。2人が一緒にいるところを」

そうしたら、なぜか、1人になりたくなった。と天井を見つめながら告げる。

「やきもち焼いてくれて嬉しいよ」
「…うるさい」

重たいから早く退いて、と言ってもにこにことご機嫌そうな福郎は全く退こうとはしなかった。

「昼神名前さん」
「なに」
「死ぬまで一緒にいられたら良いなって思ったのは後にも先にも名前だけだよ」

子供抱いてる姿とか、一緒に暮らすイメージが違和感なく想像できたのは名前が初めてだった。と福郎は私を見つめながら打ち明ける。

「…そっか」

喉に引っかかっていた何かが、その言葉でふわっと消えていく気がした。
彼が置いてきた過去に私は触れることはできないけれど、これからの未来を一緒に作っていくのは私なのだ。そう思うと、自分が彼にとって特別なんだと急に実感できた。

「機嫌直してくれた?」
「うん…」
「そんなに不安なら今度なんかの取材で惚気ておこうか?奥さんが1番ですって」
「絶対にやめて」

なんでそうなるの、と間髪入れずに答えると、「調子戻ったな」と安心したような顔で抱きしめられる。重いんだってば。
でもその重さが、今福郎といるのは間違いなく私なんだって実感させてくれた。

「名前といると一生退屈しない気がするよ」

にこやかに告げられた言葉に素直に喜ぶことができない。なんか私がトラブルメーカーみたいじゃないか。

「結婚早まったかも…」
「なんで?!」

ぽつりと口からこぼれ落ちた言葉に福郎が大袈裟に反応する。

「そこは俺と結婚して良かったって言ってくれよ」
「福郎と結婚して良かったって言わせてよ」
「そういうこと言う?」
「わっ!」

彼が私ごと寝返りをうったせいで、彼の上に寝転ぶみたいな姿勢になる。

「俺は名前と一緒になって良かったけどなぁ」
「そっか…」

にこやかな表情のまま福郎がそんな事を言うものだから、なんだかすごく照れてしまってギュッと胸に顔を埋めた。
本当は、福郎と結婚して良かったってすでに思ってるんだけど、もうしばらくの間、私だけの秘密にしておこうと思う。


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