キスして!(大人)


「しないの?」

そういって目の前で笑う幸郎くんの顔が憎たらしい。ニヤリと聞こえてきそうな笑顔だった。
幸郎くんの車で家の近くまで送ってもらって、顔が近づいてきたからお別れのキスかなと、目を閉じるも一向に唇が触れ合わない。
あれ?と不思議に思い目を開けば、「しないの?」と幸郎くんが笑っていたのだ。
まるで、私がキスしたがってるかの様な口ぶりに恥ずかしさに襲われる。この習慣を作ったのはそっちのくせに!と思ってしまった。

「…したいのは幸郎くんでしょ」

そう返せば、幸郎くんは「ふぅん」と近づけていた顔を離す。

「またね名前ちゃん」

そう言って、にっこり笑う幸郎くんはそのまま私をおろして帰ってしまった。無意識に唇に指を這わす。物足りない気分。いつも与えられていたものが欠けるとこんな感じなのか。

それから、幸郎くんはキスしそうな雰囲気になるとパッと顔を離してしまう様になった。
なんで!と不満げな私に「キスしたいの?」と笑うのだ。そう言われるとつい私も売り言葉に買い言葉で「…キスしたいのは幸郎くんでしょ」と返してしまう。

すると、幸郎くんは「へぇ〜」と意にも介さない様子で近づけていた顔を離すのだった。
そんな事が何度も続くと流石に不安になってくる。もう私とキスしたくないのかな、とか好きじゃなくなっちゃった?なんてネガティブな考えが次々に浮かんでは消えた。

そんなことが続いた後の久々に休みが重なった週末。幸郎くんのお家で2人テレビを見ながら私は幸郎くんの左手を両手で掴んでぷにぷにと特に意味もなく触っていた。

「楽しい?」

CM中に話しかけられて幸郎くんを見ると、いつも高いところにある顔が思ったより近くにあった。思わず反射で、んっと唇を少し突き出す。
すると幸郎くんはまた「キスしたいの?」と笑った。

「…キスしたいのは幸郎くんの方でしょ」
「名前ちゃんがキスしたくないなら俺は良いよ」

そんなの嘘のくせに、と思うけどもう我慢の限界だった。だって私はもうあの柔らかな唇と自分の唇を重ねる心地良さを知っている。与えられそうで与えられない日々は充分に私を焦らしていた。

「…やだ」
「名前ちゃん?」
「なんでキスしてくれないの?キスしてよ幸郎くん」

情けない声でそう訴えれば「やっと降参した」と嬉しそうな幸郎くんが私の後頭部を左手で支える。

そして間髪入れず重なった唇に、これが欲しかったと満たされた気持ちになった。もっと、と甘噛みすれば幸郎くんの口角が上がる気配がする。上唇を軽く吸われてちゅっ、と濡れた音がした。するりと唇の間から差し込まれた舌を教え込まれた通りにちゅっと吸う。幸郎くんが喉の奥でクッと笑った。それがなんだか悔しくて、舌を弱い力で噛めば、悪い子だと言うように舌を強く吸われた。
ハッ、と唇同士が離れて息つく間もなくまた重なる。いつの間にか私も幸郎くんにしがみ付くみたいにして口付けに応えていた。

剃り残しの髭が当たる感覚すら愛おしい。
ちゅっちゅと可愛い音を立てるバードキス、そしてひとつに溶け合うみたいな深いキス。繰り返せば繰り返すほど、この人が好きだと強く思う。この人の唇が私に触れるのが当たり前だとも。
どのくらいそうしていたのだろうか、体感は10分以上だけど、テレビの内容の進み具合的にものの数分の様だった。幸郎くんは息が上がった私を胸に抱き留めて笑う。

「… 名前ちゃんが意外と強情っ張りだって忘れてた」
「何が目的だったの?」
「ん?そういや名前ちゃんからキスしてって言われたこと無いな〜って思って」

キスしてよって言う顔、泣きそうでグッときた。どんだけ俺にキスして欲しいんだろ〜ってと悪びれもせず言う幸郎くんに、ほんとろくでもないことを考えるなぁといっそ感心した。

「名前ちゃんは俺にキスされるの好きだもんね」

質問でなく、確信を持った聞き方。

「キスされると嬉しい、幸せって顔してるの知ってる?」
「…知らない」
「まぁ、俺だけが知ってればいい事だし」

満足そうな幸郎くんになんだか今の顔を見られたくなくて、その逞しい胸板に顔を埋める様にギュッと抱きついた。
いつも幸郎くんの手の平の上で転がされている気がして悔しいけれど、結局のところは好きになった方の負けなのだ。

「わっ」
「幸郎くんのばか」

せめて一矢報いたくて、幸郎くんを押し倒しビックリ顔の幸郎くんを拝んでからその唇にそっと優しくキスを落としてやった。






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