噂の彼女(モブ視点)


「ねぇ!ちょっと聞いて!」

興奮気味に体育館に飛び込んで来た2年の先輩からの報せは私たちに大きな驚きと動揺をもたらした。

男バレの昼神先輩に彼女ができたのだというその話を聞いた時、私はてっきり遂に女バレ2年レギュラーの先輩と付き合い始めたのだと思った。
2人は実力と身長の釣り合いも取れていて、先輩の方は明らかに昼神先輩に気がある様子だった。2人が話しているときの雰囲気は傍目に見ていてもとても良かったし、女バレの部員は皆2人がくっつくものと信じて疑わなかった。

だけど、その期待に反して昼神先輩は苗字先輩という人と付き合い始めたらしい。2人は小学校からの幼馴染でこの度めでたく気持ちが通じ合ったのだとか。何でそんなに詳しいのか、と思ったら顔を洗いに行った水道のところで男バレの立ち話を盗み聞きしたらしい。随分と無用心だなと思った。
そういう話題を大っぴらにする人には見えない。浮かれているのだろうか。あの不動の昼神が。
ふと、昼神先輩に想いを寄せていた先輩を見ると、2年の先輩に肩を抱かれて俯いていた。泣いているらしい。不思議と女バレの中によく知りもしない苗字先輩への悪感情が広がっていく。その人のせいで部活の仲間が悲しんでいるのだと。

「幼馴染だから、昼神くんも無碍にできなかったんだよ」と誰かが言った。3年の先輩も「きっと優しい彼につけ込んで上手く丸め込んだのでは」と言った。皆口々に意見を述べて、最終的に苗字先輩は「優しい昼神先輩につけ込んだ女」になっていた。私も、なんて酷い人だろうと思った。

それから少しして、初めて苗字先輩を見かけた。箸にも棒にもかかりそうに無い至って普通の人に見えた。何故昼神先輩があの人と付き合うのかもっとわからなくなる。
一度気になると自然とその姿が目につくもので、次に見かけた時は向かいの校舎から、非常階段の踊り場で一緒にお昼を過ごしている所を見かけた。聞いた話によると、2人は時折そこで昼休みを過ごしているらしい。
変に2人の間にスペースがあるな、と思った。浮かれた苗字先輩がベタベタしていると聞いていたから、常にそういうわけでもないのかなと1人考える。
苗字先輩はチラチラ昼神先輩を見ながら落ち着かない様子だった。おもむろにそんな苗字先輩に昼神先輩が手を伸ばす。そして肩を抱いて顔をつむじに近づけた。
まるでつむじにキスをしたように見える。いや、実際にそうしたのかもしれない。苗字先輩は益々昼神先輩から距離を取って近づかないで!というように両手をピンと昼神先輩に伸ばしている。昼神先輩は、じりじりと近づいてはその反応を楽しんでいるように見えた。
まさか、昼神先輩も苗字先輩が好きなんだろうか。断れなかったわけじゃないというのか。

妙なことに付き合い始めのハッピーオーラ的なものは苗字先輩からは一切感じられず、むしろ諦めや戸惑いのようなものを感じた。
2人で帰っている姿を見た時も先輩はどこか諦めたような顔で、それでもちゃんと昼神先輩と寄り添って歩いてはいた。
この違和感は何だろう。まるで苗字先輩は昼神先輩との交際を望んでいないかのように見える。
周りに羨まれるような恋人なのに。



「おっも…」

丁度いい所に居たから、と世界史用の無駄に大きな地図を社会科準備室に運ぶよう言われた。運動部だからって力があると思うのは些か短絡的すぎると思う。力任せに扉を開けると、息を飲むような音がした。訝しく思ってそっと準備室の奥に目を凝らすと苗字先輩が教材の影に身を隠すように座り込んでいた。

「…何してるんですか」
「あ…えぇっと、隠れてます…」
「そうですか」

何だそれ、と地図を指定された場所に置いてさっさと立ち去ろうとした。

「あの、」

呼び止められて少しイライラしながら振り向く。

「なんですか」
「私がここに居たって内緒にしてもらえませんか」
「…わかりました」
「ありがとう」

隠れんぼでもしてるのか、と内心で思いながら、折角の部活の無い放課後を早く楽しみたいと承諾の返事をして準備室を出た。
すると、目の前に人影。

「あ、ごめん」

スッとわたしが通れるよう脇に避けてくれた昼神先輩は「中、居たでしょ?」と確信を持った言い方をして、躊躇なくドアを開けた。
大方、私たちの声が聞こえていたのだろう。
中に入った昼神先輩は、奥まった所にいる苗字先輩をすぐに見つけたようで「名前ちゃん」と声をかける。

「さちろ、くん。なんで…」
「だって急に走ってったから心配でさ」
「ごめんなさい。幸郎くん、許して」
「えー、別に俺怒ってないけど」

漏れ聞こえる声は逃亡者と捕獲者のようで、立ち去ればいいのに、つい野次馬根性で中を覗き込んでしまった。

「…あんな風にする必要ないと思うの。だから逃げちゃった」と何やら真剣な声で訴える苗字先輩の両手を逃げられないように握った昼神先輩は「名前ちゃんは俺の彼女だろ。キスしたって何も不思議じゃないよ」と言う。
まるで小さい子に言い聞かせるみたいだった。良い子にしなさい、とそうあらねばならないと暗示を掛けるかのように。苗字先輩は、それでも果敢に昼神先輩の顔を見ながら口を開く。

「でも、私は偽物の、んっ」

その瞬間覗き見なんてするもんじゃないと思った。何かを言いかけた苗字先輩の口を昼神先輩は、自分の口で塞いだ。顎を掴まれての強引なキスは合意には見え辛い。
私はやっと、苗字先輩が昼神先輩を丸め込んだ、なんて事は無いと悟った。
昼神先輩は初めて甘いものを口にした子供みたいに、2度3度と口付ける。最初は手で突っ張って抵抗していた苗字先輩もだんだんと諦め始めていた。

きっと、苗字先輩じゃない。昼神先輩が苗字先輩を丸め込んだんだ、と思った。
なんだか馬鹿馬鹿しくなって音を立てないようにその場を去る。
失恋を悲しんでいる先輩に、あの人と結ばれなかったの多分正解ですよと言いたい気分だった。
伸びゆくツタがその過程で色んなものに巻きつき取り込んでいくように、きっと昼神先輩は苗字先輩を逃げられないように絡め取ってしまうような気がした。
そのくらいの強い感情をまざまざと思い知ってしまった。


それから数ヶ月した頃には、いつの間にか苗字先輩もとても優しい瞳で昼神先輩を見つめるようになっていて、それを見た私は「あぁ、苗字先輩は結局恋に落ちてしまったんだな」と、心の中で手を合わせた。
手を繋ぎ何やら言葉を交わしながら帰路を辿る2人はとても幸せそうで、どうぞそのままお幸せに、とその後ろ姿をじっと見送ったのだった。




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