お風呂


ふたりの湯田中ライフ

「あれ、幸郎くんそれどうしたの?」

いつも通りに帰宅したと思われた幸郎くんの異変に気づいたのは、彼が夕飯を食べようとお箸を手に取った時だった。
お箸を持つ手に貼られたおっきな絆創膏。いや、このサイズ感は絆創膏じゃない、なんて言うのかわからないけど、湿布みたいな大きさのなにかが彼の手を覆っている。

「あぁ、今日治療中にガッツリ引っ掻かれちゃって」

割と深くいっちゃって、水もしみるからハイドロール貼ってもらったんだよね、と軽い感じで話しているものの、幸郎くんはどこかぎこちない動きできんぴらを口に運んだ。結構痛いんじゃないんだろうか。

「名前ちゃん、そんな心配そうな顔しなくて大丈夫だって」
「でも…」
「すぐ治るから」
「手を洗う時とか、お風呂しみちゃうんじゃない?」

思いついたまま言った一言に、幸郎くんは、ふと動きを止めて、お箸を置いた。

「そうだね…しみて大変かも」
「ほらぁ」

やっぱり、と心配の気持ちから唇を尖らせる。
そんな私に幸郎くんはにこりと優しく微笑んで「今日風呂入る時助けてくれない?」と頼んできた。助けてって言い方が珍しく頼られてるみたいで、なんだか嬉しい。

「うん、もちろん良いよ。髪とか洗ったらいいの?」

介助が必要ということだろうか、と首を傾げつつ聞けば「うん、一緒に入ってよ」と私の手を握る。

「一緒に?!」
「うん、一緒に」
「髪と背中流すだけなら服着たままでもできるよ?」
「まぁそう言わずに」
「やだよぉ」

わざわざ服を脱いで一緒に入るのは、なんかちょっと恥ずかしくて抵抗がある。
いやだ、と首を横に振る私に幸郎くんは拍子抜けするくらいあっさりと「そう?じゃあ髪の毛洗うのだけ手伝ってもらおうかな」と意見を翻した。こんなにあっさり引くなんてなんか怪しいなぁ、と思わなくもないけれど怪我してる人を疑うのは良くないなぁと勘繰るのはやめた。

「わかった」
「うん、よろしくね」

にこっと笑って幸郎くんはまたご飯を食べ始める。
傷を治すのってタンパク質多めに取ったりした方がいいのかな、あとでレシピ調べてみよう。

「… 名前ちゃん」
「ん?」
「そんなに見つめられると照れちゃうなー」
「えっ…あ、ごめんなさい」

心配故か無意識のうちに幸郎くんを凝視していたらしい。不動の昼神も、流石に視線が落ち着かないみたいだ。困ったように笑う幸郎くんに、照れ臭い気持ちに襲われた私はやおら立ち上がる。

「お、お風呂溜めてくるね」

誤魔化すようにそう言い残してリビングを後にした。
お風呂のスイッチを押してリビングに戻ると、幸郎くんはもうそろそろご飯を食べ終わりそうな様子だった。結構な量あったのに早いなぁ。

「ごちそうさまでした」

あっという間にお夕飯平らげた幸郎くんは、綺麗になったお皿を下げてくれる。些細なことだけど、さちろくんのこういう所が結構好きだった。
お皿を洗い終えた頃にお風呂が沸いたお知らせが鳴る。

「幸郎くん、お風呂行こうよ」
「うん、着替え取ってくるね」
「はぁい」

着替えを取りに行った背中を見送って、私も幸郎くんを脱衣所で待つことにした。

「お待たせ」

着替えを手に現れた幸郎くんは、洗濯機の上に着替えを置いて着ている服に手をかける。

「え、あっ」
「なに?」

トップスを脱いで肌着になった幸郎くんが不思議そうに私を見た。
しまったうっかりしていた、幸郎くんが浴室に入ってから来るべきだった。なんでこんな目の前で幸郎くんのストリップショーもどきを見なきゃいけないんだろう。
私は咄嗟に「あの、脱ぎ終わって浴室入ったら教えて、外出てるから」と脱衣所の外に出ようとする。でも、そんな私を幸郎くんは「今更でしょ」と引き留めた。

「初めて見るわけでもないじゃん」
「それは…そうだけど…」

恥ずかしさに声がどんどん小さくなった。そんな私を気にも留めず、幸郎くんは肌着も脱いでしまう。引き締まった上半身に、ドキドキしてしまった。だって、明るいところで見ることってあんまりない。
じっと見ている私に気付いたのか、幸郎くんが私に向かってにっこり笑った。

「えっち」
「…っ!」

思わず後ずさった私は背後のドアに後頭部を打ち付けてしまう。

「ったぁ!」
「わ、大丈夫?」
「だ、大丈夫…」
「俺より怪我するのやめてよね」

心配そうに言ってくれるものの、そもそも幸郎くんのせいでこうなったのに、と思ってしまった。
私はぎゅっと目を閉じて幸郎くんが浴室に入るのを待つことにした。
「あれ、目閉じちゃった」と言うのが聞こえたけど返事をせずに待つ。

ボトムを脱ぐ音が逆に想像力を働かせてしまうけれど、必死に雑念を追い払った。
そして、体感的にはやっとというタイミングで浴室のドアが開く音がした。

「名前ちゃんもういいよ」

幸郎くんの声に目を開けると、彼が浴室の椅子に座っているのが見える。
どこかホッとした気持ちで、ジーンズの裾をくるくると巻いて浴室へ入った。
ジャー、というシャワーの音が浴室に響く。
幸郎くんの頭にシャワーを当てながら「熱くない?」と聞けば「大丈夫」と返ってきた。あらかた濡らしたところでシャンプーに手を伸ばす。
私より髪が短いから、量もそんなにとらなくていいかな、と普段自分の髪を洗う時よりも少なめにシャンプーを出した。
わしゃわしゃと柔らかい髪を洗いながら「お痒いところはございませんか?」と聞くと「あはは」と幸郎くんが笑う。それにつられるように私も笑ってしまった。

「流すよ」と声をかけて、上を向いてもらう。そーっと泡を流していくと、どちらかというとくせ毛の幸郎くんの髪が真っ直ぐになっていく様子がちょっと面白かった。

流し終わったところで、シャワーを止めると、何を思ったのかびしょ濡れの幸郎くんが、ブンブンと頭を振る。現れた後のわんちゃんみたいな動きだ。そんなことをすれば当然、私にもお湯が飛んでくるわけで。

「わっ!!…もー…濡れちゃった…」
「ごめんごめん」

うっかり、という顔をした幸郎くんは、私の方を見て「もう名前ちゃんもお風呂入っちゃえば?」と言う。その言葉でピンときた。

「わざとだ!」
「人聞きが悪いなぁ」

故意であると訴える私に、幸郎くんは「これ以上濡らされるのと、大人しくお風呂入るのどっちがいい?」とほぼ一択に近い選択肢をだしてくる。

「…幸郎くん意地悪だ」
「えーそう?」
「…脱いでくる」

諦めた私は白旗を上げ、脱衣所に出た。ドア越しに「名前ちゃん背中も洗ってくれる?」と聞いてくる幸郎くんは機嫌が良さそうで、私はやっぱりハメられのだと確信を持った。ヤケにあっさり引いたのはきっと、最初からこうするつもりだったに違いない。
濡れたトップスやジーンズを脱ぎながら、私っていつまで幸郎くんにしてやられるんだろうと、ひとりため息を吐いたのだった。

こっから先はちょいエロになるのでここでやめときます。




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