炭酸



ブシュッと勢いよく炭酸水がペットボトルから吹き出す。
あぁ騙された、と思いながらも、私は逃げることもできず降り注ぐ炭酸水を浴びるしかなかった。

なんか変だな、とは思っていた。
『間違って買ったからあげる』なんて言葉、もっと疑うべきだった。

あの子が私に親切にするはずない。だって、ついこの前幸郎くんに告白してフラれたばかりなんだから。
案の定、どこからかクスクス笑う声が聞こえてくる。

念入りに振ってくれていたようだ。ジュースじゃなくてよかった。ベタベタしないだけ良しとしよう。
自販機のある場所はほぼ外だから、濡れた地面は放置でも許してもらえそうだ。ほぼ空になったペットボトルは残りを側溝に流してゴミ箱に入れる。
目下の問題は、びちゃびちゃになった制服だった。

「なにしてんの名前ちゃん」
「幸郎くん…」

こういう時に限って、鼻が利く警察犬のように幸郎くんは現れる。彼はまじまじと私を見ながら、小銭を自販機へ投入していった。
どうやら部活前に飲み物を買いに来たようだ。

「炭酸爆発させたの?」
「う、うん」

私のせいじゃないけど、大ごとになったら面倒だからとりあえず頷いておく。

「名前ちゃんはぼんやりさんだなぁ」

出てきたペットボトルを取り出しながら、幸郎くんは私をもう一度見て「びちゃびちゃだね」と笑った。

「なんとかするよ」
「どうやって?」
「それは、その…」

何も考えてなかったせいで、幸郎くんの質問に上手く答えられない。私の返答に苦笑いした幸郎くんは「おいで」と濡れた手を取った。

「え、どこいくの?」
「いいから」

有無を言わせず私を引っ張る幸郎くんはすたすたと歩き出す。歩幅の差が大きいせいで、小走りになりながら付いて行く羽目になった。
連れてこられたのはバレー部の部室で、幸郎くんは私を置いてさっさと中に入ってしまう。
部外者の私は、どうしたらいいのかわからず、おろおろとするしかなかった。すぐに出てきた幸郎くんが、私に自分のジャージをかける。

「腕通して」
「えっ、はい」
「うん」

そして、あっという間にジッパーを上げてしまった。幸郎くんのジャージは大きいから、スカートの裾だけがちょこっと見えるような丈になっている。もはやワンピースだなぁ、と思っていると、幸郎くんが内緒話をするように体を折り曲げて囁いた。

「下に着てるキャミソール透けてたよ」
「えっ?!」
「気づいてなかったの?」

呆れたように私を見ながら、幸郎くんは部活用であろうタオルで私の頭をわしゃわしゃと拭いた。少し荒い手つきは、お風呂に入れたコタロウちゃんを拭くときを連想させる。

「さ、幸郎くんタオル濡れちゃう」
「すぐ乾くよ」
「でも、幸郎くんだって使うでしょ」
「気にしてる場合?」
「…ごめんなさい」

俯く私に、幸郎くんは声を落として訊ねる。

「濡れた原因は、本当に名前ちゃんなの?」
「…そう、だよ」
「はぁ〜…」

深いため息を吐いた幸郎くんは「瞬きしなかったね」と言う。

「う、」

嘘を吐くときの癖を指摘されてつい言葉に詰まった。幸郎くんはしばらく私を見つめた後、もう一度深いため息を吐く。

「…どうしようもないときは相談するんだよ」
「うん」
「そのジャージは着て帰ること」
「はい」
「部活終わったら名前ちゃんの家によるから」「…はい」
「あれ?嫌そうな顔した?」
「っ、イイエ!」
「ふぅん」

幸郎くんはジトッとした目で、私を見たかと思うと「その顔、俺以外の前でしないでね」と言った。どんな顔してるの?!と思わず両手で頬を押さえる。
その様子にクスクス笑った幸郎くんは「はい、気を付けて帰るんだよ〜」と先生のようなことを言って私を解放した。

「俺もそろそろ部活行かなきゃだから」
「うん。がんばって」
「はーい」

幸郎くんに手を振って、私も一度教室へ戻る。そして、鞄を手に取り再び外に出た。
幸郎くんが部活を終えるまでに、ジャージを洗って乾燥にかけてしまわないといけない。やることは山積みだ。
そのおかげで、悲しい気持ちになる暇もない。幸郎くんと一緒にいるために、負けてなんていられない。

私は、一度深く息を吐きだして、家に向かって元気よく走り出したのだった。








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