学生時代の話
「はい、名前ちゃんの分」
そう言って私に半分に分けたアイスの片方を差し出す表情が、もっと幼い顔立ちだった頃の彼の姿と重なる。あの時も、やけににこやかな表情でアイスを差し出していたっけ。
「ありがとう」
素直に受け取り上部の輪に指を引っ掛けて開封する。ちゅう、と吸い付けばシャリシャリとした氷の粒が一気に口の中に広がった。
「つめたい」
「そりゃアイスだしね」
何言ってんだか、と幸郎くんは私の左隣のブランコに腰かけて笑う。
大きくなり過ぎた幸郎くんはブランコに座れないんじゃないかって心配だったけど、どうやら杞憂だったようだ。地面に足をついたままゆらゆらと軽く前後に揺れながら、幸郎くんもアイスを食べている。
こうやってアイスを分けてもらったのは、小学生の頃以来だ。
あの時確か、幸郎くんに何か言われた気がするのだけど、うまく思い出せない。多分「名前ちゃんーーーだよ」みたいな感じだった。
ダメだ、肝心なところが思い出せない。
似たようなことをたくさん言われたせいだろうか。うーん、と記憶の糸を手繰り寄せようとしていると、幸郎くんがおもむろに口を開いた。
「昔さぁ、こうやってブランコに乗ってたら名前ちゃんがうっかりブランコから落ちて、追い打ちかけるみたいに戻ってきたブランコが後頭部に当たって号泣しちゃったことあったよね」
「なんでそんなこと覚えてるの?!」
「衝撃的だったしね〜」
落ちた上にプラスアルファの痛い目に合うなんて思わなかったし、名前ちゃんこの世の終わりみたいに泣いてたし、と幸郎くんはクスクス笑う。こっちは痛かったうえに恥ずかしかった出来事だから今すぐにでも忘れて欲しいのに。確か、幸郎くんは泣きじゃくる私を家へと送り届け、親へ事の顛末を説明してくれたらしい。
痛すぎて覚えてないけれど、未だに親から「あの時本当にしっかりした子ねぇ、って感心したのよ。幸郎くんって頼りになるわよね」なんて言われるのだ。
結果として、幸郎くんの株を上げるのに一役買ってしまった。
「もっと私が良いことした時の話してよぉ」
「そんなことあった?」
「あるもん」
「どうだっけな〜」
「も〜」
拗ね始めた私に「はは、拗ねてる」と楽しそうに笑う幸郎くんは「まあ、でも名前ちゃんのことはたくさん覚えてるよ」と制服のシャツの胸元をパタパタと動かした。そうすると涼しいのか、目を細める彼のシャツのボタンは学校にいる時よりも外されていて、下に着ているTシャツが顔をのぞかせていた。
その光景に、なにかいけないものを見ている気分になった。
隠されている部分って、なんだかドキドキする。
「どうかした?」
私の視線に気づいた幸郎くんが、不思議そうにこちらを見る。
「あ、えっと、アイス半分こにしちゃって、物足りなくない?」
彼の手にあるアイスは、なんだか私のものよりも小さく見える。トリックアートみたいだ。
「まぁ全部食べたほうが涼しいよね」
「ぅ、」
やっぱりそうか、と気を使わせたことに申し訳なさが過った。そんな私に幸郎くんは手を伸ばし、汗ばんだ額に張り付いた前髪を指先で優しく横に流す。
「名前ちゃんだけ、特別だよ」
そう言って笑った顔が、なぜだろう、昔の記憶とまた重なったのだった。
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