勘違い


大人になった2人の湯田中ライフ






寝る準備も万端になった時刻。
夜の帳が下りた世界は静かで、カーテンの隙間から覗いた空には星が瞬いている。今日も穏やかに一日を終えられそうだと思いながら、私はゆっくりソファーに腰かけた。

つけっぱなしのテレビには人気のあるバラエティー番組が映っていて、軽快なトークに私もつい笑ってしまう。

「名前ちゃん何笑ってんの」
「あ、幸郎くん。今ねすごく面白くってね」

お風呂からあがってきた幸郎くんの言葉にテレビを指差すと、彼は納得したように微笑んだ。

「あぁテレビか。一人で笑ってるのかと思った」
「そんなわけないじゃん」
「え〜どうだか」

幸郎くんは真っ直ぐ冷蔵庫に向かってミネラルウォーターを取り出し、コップに注ぐ。そして喉を鳴らして一気に飲み干した。その時の喉の動きにちょっとドキドキしたのは内緒だ。

何年一緒に居ても、ドキドキする瞬間ってある。もしかしたら一生、私は幸郎くんにドキドキさせられるのかもしれない。

「はぁ〜」

水分補給を終えた幸郎くんが、私の横に座る。そして、甘えるように私にもたれかかってきた。可愛い行動だけど、幸郎くんのサイズ感的に胸きゅんシチュエーションというよりぺしゃんこにされる危機の方が強い。

「重い〜…」
「そう?」

そうに決まってるじゃん!と内心叫んでいると、幸郎くんが「そういえばさぁ」と話し始めた。

「今日さちこちゃんって可愛い子が来てね。目のクリッとした小柄な子でさ。賢くて大人しくて愛想も良くて助かったんだよね。あんな可愛くて良い子あんまり出会えないよな〜って思っちゃった」

その話を聞きながら、私は下りエスカレーターに乗っているみたいにみるみる気持ちが落ち込んでいくのを感じた。職場の人だろうか。幸郎くんがそんな風に女の子を褒めるのって珍しい。それほど素敵な人なんだろうな。私は悲しい気持ちを堪えるようにこぶしをギュッと握った。

「珍しいね…他の女の子褒めたりするの…」
「え?!」

私の言葉に、幸郎くんは素っ頓狂な声を上げる。そして、お互いの目が合った。驚いた様子の幸郎くんの目が見える。そしてすぐに、私は全てを理解してしまった。

「な、なんでもない!」

叫ぶようにそう言って、私は大慌てで圧し掛かっていた幸郎くんをグイッと押しのける。そして脱兎のごとく寝室へ向かって逃げだした。

リビングから幸郎くんの大笑いする声が追いかけてくる。恥ずかしくって顔から火が出そうだった。

ベッドに飛び込んで小さな子供みたいに布団を頭から被る。だめだ、まだ恥ずかしい。一人恥ずかしさに悶えていると、幸郎くんが「あはははは、あ〜…だめだ面白いや」と言いながら寝室へ入ってきた。最悪だ。

「名前ちゃん。おーい」
「……」
「無視するなんてひどいな〜」

未だ笑いがおさまらないらしい幸郎くんは、くすくす笑いながら布団越しに体重をかけてくる。

「どうやったら人間の話してるように聞こえるんだよ〜」

さちこちゃんは可愛い可愛いティーカッププードルの女の子だよ。と付け加えるように言われ、絶望的な気持ちになる。一生揶揄われるネタを与えてしまった。

「だ、だって」
「だって何?」
「だってそう思っちゃったんだもん…」

涙声の私に幸郎くんは、また大笑いする。

「ははは、おっかしい、げほっ、笑いすぎて死にそう」

しまいには笑い過ぎてむせ始めた幸郎くんに、ついムッとする。そんなに笑わなくたっていいのに。
それに、幸郎くんだって多少ややこしい言い方してた、ような…気がする!

「名前ちゃーん。顔見せて」
「…やだ」
「ねぇ、ふふっ、もう笑わないから、んっ、ふふ」
「笑ってるじゃん!」

むっかぁ!とした私は、思わず布団から顔を出してしまう。

「確保〜!」
「あっ、放して!」

がしっと長い両腕に捕まってしまった私はあえなく幸郎くんの膝に乗せられる。

「やきもち妬いてくれて嬉しいな〜」
「妬いてないもん」
「名前ちゃん可愛いね」
「…知らない」
「よしよし。ぎゅーってしよっか」
「やだぁ」
「はいはい」

私の返事をまるっと無視して、幸郎くんが私を抱きしめた。ジタバタしていた私はまんまと大人しくなる。
むすっと頬を膨らませていると、幸郎くんは私ごとベッドに倒れた。

「…寝るの?」
「どうしたい?」
「テレビ消さないと…」
「テレビも電気も消してきたよ」

優しい声色でそう囁きながら幸郎くんは「だから一緒に寝ようよ」と私のこめかみに口付けた。

「機嫌治った?」
「…治ってない」
「困ったなあ」

ちっとも困ってなさそうな幸郎くんは私の髪を撫でながら額にキスを落とす。

「今度一緒にさちこちゃんに会いに行こっか」

新しくできたカフェの看板娘だからさ、と幸郎くんはくすくす笑う。

私は幸郎くんにぎゅうっと抱き着きながら、抗議のために幸郎くんの胸を片手でべしッと叩いたのだった。




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