カチューシャ




俺の可愛いカチューシャ、なんて歯の浮くセリフを言ってみせたら、名前ちゃんは一体どんな反応を見せてくれるだろうか。きっと、頬を赤く染めて怖きがちに「からかわないで」と絞り出すように言うんだろう。

想像上の彼女の様子に、少しだけ緩む口元を手で覆う。休憩中ににやけてるところなんて見られたら不審がられるに決まっている。
仕事中は"穏やかな昼神先生"でいなければ。
もう一度スマホ画面に触れると、先ほど送られてきた名前ちゃんの写真が表示される。

友達とネモフィラ の花を見に行くと言っていたから、きっとこの一面の青い花がネモフィラなんだろう。青く染まる花畑をバックに名前ちゃんが友達と笑っている。その頭にはカチューシャがつけられていた。
それをみてつい懐かしさに襲われる。

俺と彼女の目線がそう変わらない頃、名前ちゃんは一時期ずっとカチューシャをして小学校に来ていた。本人日くマイブームだったらしい。
なんでも、カチューシャをしておばあちゃんに会いに行ったところ 「とっても可愛い。良く似合うわ」と手放しに褒められ、本人もすっかりその気になってしまったそうだ。自分はカチューシャが良く似合うのだと思い込んでいたとか言ってたっけ。孫のことならなんでも褒めてくれるだろ、と思わなくもなかったけれど、名前ちゃんはおばあちゃんの言葉を信じて毎日嬉しそうにカチューシャを付けていた。
それが微笑ましくて、こっそり「カチューシャちゃん」と呼んでいたのだけど、本人は最後まで気がつくことは無かった。そういう鈍臭いところもひっくるめて名前ちゃんだと思う。

「実はこっそりカチューシャちゃんって呼んでたんだよね」と明かした時、名前ちゃんは「…馬鹿にしてるでしょ」と拗ねていた。
「可愛いからだよ」と弁解する俺に「もうやだ、そういうこと言うのやめてよお」と頬を紅玉みたいに赤くしていたっけ。

赤く染まるその頬は、触れてみると思いの外熱いことを知っているのは、俺以外にはきっといない。
そう思うと、独占欲めいた気持ちが満たされていくのを感じた。

そのカチューシャちゃんは、俺の休みが不規則なせいか休日を友人と過ごすことが多い。それは大いに結構だけど、どこか寂しくもある。
だって急に「明日から三日間友達と北海道に行くの!お土産何が良い?」なんて聞いてくるのだから、俺がいなくても平気なの?なんて女々しいことを言いそうになってしまった。
それでも、お土産を携えた名前ちゃんが俺のと
ころにいの一番に会いに来ることは心底嬉しい。
それに、二人の休みが重なる時は俺を最優先にしてくれる。それだけでも彼女の一番は俺なのだと充分伝わっていた。

時計を見ると、休憩時間はもう間もなく終わり
を迎える頃だった。
もう一度スマホ画面に名前ちゃんの写真を表示する。何も知らない名前ちゃんは、画面の中でにっこり笑っていた。

俺の可愛いカチューシャ、早く俺のところに帰ってきてね。





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