親切心?




「乾燥による痒み?あーダメだよ掻いちゃあ。薬塗るから服脱いで」

隣から聞こえた言葉に思わず耳を疑った。

理解できずにフリーズする私を置き去りに、いつも通りのにこゃかな顔のまま、幸郎くんは棚に置いていたケースからジャータイプのクリームを取り出す。

ただの世間話のつもりだった。
どうしても乾燥しがちになる季節、たまに皮膚
が痒く感じる時がある。それを伝えたところ、何故だか私は服を脱ぐように迫られていた。

「いや、あの…そこまで酷いわけじゃないから」

たまに痒いだけだよ??と幸郎くんを制するけれど、彼は私の話を聞く気がないのか、指先に薬を取って「ほら、脱いで」と相変わらずの笑顔で告げた。

「じ、自分でするから」

そう言いながら彼から少し距離を取る。
絶対に脱がないぞ、という決意で幸郎くんを見るけれど、柔らかな色のその瞳からは何の感情も読み取れない。

「塗りにくいところもあるだろ」

どうしてそう100%親切心です。って顔ができるんだろうか。

幸郎くんが私の腕を掴んで袖を上にたくし上げる。そして指先に取った薬を、腕に塗り広げた。
シンプルに、ただただ薬を塗るだけの動き。
それを見て、なんだ腕に塗るだけだったのかと、私は幸郎くんの親切心を疑った自分を恥じた。

「はい、反対」

そう言われて素直に反対の腕を差し出すと、幸郎くんは、そちらにも優しく薬を塗ってくれる。

「足出して」
「え?きゃ、」

恭しく、シンデレラにガラスの靴を履かせる王子様のように、幸郎くんは私の足に薬を塗る。
ズボンだったら脱がなきゃいけないし、スカートでよかったと少しホッとした。
腕のしっとりとした触り心地を自分でも確認していると、幸郎くんが私にグッと近寄る気配がした。なんだろう?とそちらを見上げると、彼は私の背後に回ってガシッと私の腹部に腕を回した。

「えっ、なに」
「皮膚が薄いところは乾燥しやすいから塗っとかないとね」
「きゃあ」

べろん。
まさにべろんだ。いとも簡単にトップスを捲り上げられ、腹部が外気に晒される。私の抵抗なんて意にも介さずトップスが奪い取られた。
日に焼けていない私の肌の上を、同じく日に焼けていない幸郎くんの大きな手が滑る。手の温かさと薬の冷たさが同時に襲った。

「冷た、ひゃあ」
「名前ちゃん我慢して」
「や、さちろ、く」
「こら、変な声出さない」

誰のせいでこうなってると思ってるの?!と思うけど、声を我慢するのを優先してしまって反論できない。
お腹に薬を塗り広げた幸郎くんは、そのまま手を背中に移動させる。

「もうやだぁ」
「名前ちゃんのためにやってるのにそれはないんじゃない?」
「やめてよぉ…」

もう塗らなくて良い、と必死に首を横に振る。
どうして自分が正しいみたいな顔をしてこんなことできるんだろう。幸郎くんはどこか楽しそうに背中にも薬を塗って「よし、完了」と薬の蓋を閉じた。
トップスを奪い取られた事で肌着姿の私は、まるで蹂躙されたような気持ちでその場に崩れ落ちる。

「名前ちゃんなにしてんの」
「もうお嫁に行けない…」
「あれ、俺以外のところに行く予定あったの?」

両手で赤くなった顔を隠して差恥心を爆発させる私に、幸郎くんはさもそれが当然とでも言うようにそう聞いた。

「え…あの…そういうのはまだ早いっていうか…
えっと…」

私は更に顔を真っ赤にして、しどろもどろに話す。お嫁に行けないと言ったのは、その場の雰囲気であって本当に結婚云々のことを言ってたわけじゃない。
でも、幸郎くんにそんなふうに言われて、正直悪い気はしていなかった。

「でも、その、幸郎くんなら…「なーんてね」え?」


幸郎くんは薬を元の場所に戻しながら、悪戯っぽく笑う。その背中は至っていつも通りで、私はやっと揶揄われたんだと気が付いた。
むう、と唇を尖らせていると、振り返った幸郎くんが「あれ、拗ねてる」と笑う。

「はやく服着ちゃいな」

寒いだろ、と悪びれる様子も無く告げられて更にむうっとした。誰が脱がせたんだ。誰が。

そんな私の顔を見て、幸郎くんはくすくす笑う。

「そんな顔しても可愛いだけだから無駄だよー」

幸郎くんは楽しそうに笑いながらそう言って、私に顔を近づける。

機嫌を取るように頬に触れた唇に、自分の口元が緩むのを感じた。
それに単純だなぁと呆れながら、私は幸郎くんに腕を伸ばしてハグを強請る。
すぐに抱きしめられて、私はさっきまで勘ねてたのが嘘みたいににっこり笑ってしまったのだった。





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