ずっと大好き(大人)


2021年時空のお話

最近幸郎くんの話になると「飽きないの?」と聞かれることがある。同じ人とそれなりに長い期間交際していてマンネリ化しないのか、と。


幸郎くんに飽きる、という感覚が私にはいまいちピンと来ない。酸素や水に飽きが来ないように、ご飯にお味噌汁が付いてくるように、幸郎くんと一緒にいることはごく自然なこととして私の体に馴染んでいる。

そういえば、先日帰省した星海くんに幸郎くんと連れ立って会いに行った際、彼は私を気の毒そうな顔で見ながら「なんつーか、お前は幸郎に丸め込まれすぎ」と言っていた。最終的に私たちの様子に、何が悪かったのか胸焼けしたみたいな顔をして「…まぁ仲良くやってんなら良いけど」とゲンナリしていた。

本物の彼女になって早数年の時が経って、私は地元で地銀の窓口に勤めるようになり(幸郎くんには「名前ちゃんぼんやりさんなのにお金扱えるの?」と失礼極まりないことを言われた)、幸郎くんは、夢を叶えて昨年から獣医師として働き始めた。

幸郎くんが進学した学部が6年制だった関係で、私の方が先に社会人になっていたから、先輩としてアドバイスでも、と思ったけれど、もともと周到な幸郎くんに私が先輩面するチャンスは皆無だった。
今後一度でも幸郎くんより優位に立てることってあるんだろうか。



大変なことも多々ある中、幸郎くんは新人の動物のお医者さんとして日々奮闘している。

ここ最近は任されることも増えて、疲れた顔の幸郎くんを見ることが多くて心配だけど、お仕事のことは私にはわからないし、ただそっとそばにいる事しかできなくてちょっと無力感に襲われることもあった。

ただ、私を背後からぬいぐるみにするようにギュッと抱きしめる幸郎くんが、満たされたみたいな柔らかな表情をするから、もしかしてそばにいるだけでいいのかなって時折思ってしまう。でもね、幸郎くん、私は私にできる全部で幸郎くんを支えたいって思ってるんだよ。だからもっと甘えて欲しいな。
幸郎くんが働き出してからは、幸郎くんに私が合わせる形で2人の時間を作る様にしている。色々試した結果お互いにそれが一番楽だねと2人で話して決めた。



「入っていいのかな…」

土曜日もお仕事の幸郎くんに頼まれて、1人暮らしを始めた幸郎くんのお家から認印を持ってきたけれど、ただでさえ初めてやってきた動物病院に私はちょっと怖気付いていた。

電話をもらった時、認印なら近くの100均で買った方が早いのでは、と思ったけど苗字的に置いてないと言われて確かにと納得した。昼神って苗字の人幸郎くん以外に知らないしなぁ。

急がなきゃとバタバタ幸郎くんのお家に赴き合鍵でお邪魔して目的のものを掴み、これまたバタバタと勤務先へやってきたのだ。
携帯を鳴らすも応答はない。
仕事中は電話を取れないことが多いと言っていたから診察中なのかもしれない。受付で幸郎くんの忘れ物ですって渡したらいいんだろうか。
勇気を出してそおっと扉を開けば、当たり前だけどペットを連れた人たちが沢山いて驚いてしまった。
テレビ効果かなぁ、とその様子を眺めつつ思う。

実は、先日ローカル番組のお散歩コーナーで、奥様方の井戸端会議に果敢に入り込んだローカルタレントさんが「あそこの動物病院にイケメン獣医師がいる」と奥様方から聞きつけ幸郎くんを訪ねて来る、という出来事があった。
勤務先の宣伝にもなるからと突然の訪問にも関わらず出演した幸郎くんは、ローカルタレントさんにイケメンで身長も高くて物腰も柔らかで素敵、と褒めに褒められていた。
地元でも素敵な人がいると大分話題になっていた。番組で「独身?」と聞かれ、「はい」と答えた幸郎くんにちょっと拗ねてしまったのは内緒だ。
確かに独身だけど、私がいるもん!って言いたかった。こんなの幸郎くんに知られたらニコニコしながら「やきもち?」って聞かれそうだ。
彼氏が素敵だと褒められるのは嬉しいけど、他の女性からモテるのはちょっと複雑だ。

恋人が居ようとアタックする人はするし。幸郎くんが心変わりするって思ってるわけじゃないけど、面白くはない。
幸郎くんはその番組をきっかけに、人生で何回目なのかもうわからないけど、いわゆるモテ期に入ったのだった。
母親経由の情報によれば、お見合いや紹介の話が来ていたらしい。どういなしてるのかは知らないけど、今のところは全てお断りしているようだ。

「あんた幸郎くんにフラれない様に頑張んなさいよ」
「…ほっといて」

子供の頃から幸郎くんが優しい良い子と信じて疑わない母は、このまま幸郎くんが私を貰ってくれることを期待している。
あのねお母さん、幸郎くんは割と意地悪だしわがままなんですよ。と言ってやりたい。言わないけど。

「あの…さち、昼神先生はいますか」
「昼神先生はただ今診察中です」

受付のお姉さんに声をかけると、ニッコリとそう告げられる。やっぱり診察中かぁ、と肩を落とすと「今日はどの様なご用件ですか?」と尋ねられた。

「えっと、昼神先生にお渡ししたいものがあって」
「お預かりしましょうか?」
「いえ、直接渡したいんです」

認印とはいえハンコだし、他人に預けるのは忍びないと思うのは金融機関に勤める人間の性だと思う。お姉さんを疑ってるわけじゃない。
私の答えを聞くと、受付のお姉さんは怪訝な顔をした。上から下まで見られて急に居た堪れない気持ちになる。急いできたから髪は乱れてるし、服も適当だ。

「もしかして、番組をご覧になった方ですか?あれから昼神先生に会いたいって方が他にも来られてますけど連絡先とかでしたら、お受け取りになりませんよ」
「えっ、」

思いもよらない言葉に、返答に詰まってしまう。それを、図星だと思ったのか、お姉さんは続ける。

「幸郎先生はお忙しいので、診察等でないならお引き取り下さい」

キッパリ言い切られて、私は言い返すこともできず、すごすごと動物病院をでた。
幸郎くんに連絡先を渡そうとする果敢な人がいると言う事実に驚きが隠せない。
最後、あのお姉さんが「幸郎先生」と名前で読んだのはある種の牽制だと、日頃幸郎くんからぼんやりさんと言われる私でもわかった。あの人幸郎くんのこと好きなのかな、綺麗な人だったなとモヤモヤしたものが胸に広がる。
幸郎くんも、あぁいう人好きなのかな、と思考が悪い方に転びかけた時、ポケットの携帯が震え始めた。

「もしもしっ」
「名前ちゃん?ごめん着信気がつかなくて」

診察しててさ、と幸郎くんは申し訳なさそうに言う。

「大丈夫。今外にいるんだけど出て来てもらえる?」
「すぐ行く」

通話を終えて直ぐに幸郎くんは動物病院の外に出てきた。

「名前ちゃん、ありがとう助かった」

中に入ってよかったのに、と言う幸郎くんに「なんか入り辛くて」と誤魔化して答えた。ミーハーな人と思われたとは恥ずかしくて言えなかった。

「…名前ちゃん、ちょっとこっちきて」
「どうしたの?」

幸郎くんについて行けば建物の陰に連れて行かれた。そして、ぎゅっと正面から抱きしめられる。

「さ、幸郎くんここ外!」
「死角だから大丈夫」
「恥ずかしいよ」
「充電させて」

幸郎くんがスリ、と頬擦りをする。
その様子に思わず頬に頑張ってねの気持ちを込めてキスをすると、ニコニコしながら「名前ちゃんもしかして誘ってる?続きは夜にね」とからかわれた。幸郎くんはやっぱり意地悪だ。


その日幸郎くんの帰りは遅くて、私は先にベッドに入った。
最近こういう事が多い。
私と約束があっても、急患が来た時は当然幸郎くんの帰りは遅くなる。そういう時は先に寝ててと連絡が入るから、私はちょっぴり寂しさを感じながら幸郎くんの匂いのするベッドで1人眠りながら帰りを待つのだ。
仕方ない事だとはわかっている。だけど、寂しさを感じてしまうのも事実だった。



肌寒さに目を覚ませば、体を包んでいた掛け布団から肩が大きくはみ出していた。ずり下がってしまった布団を戻そうと手を動かすけど、後ろからガッチリ抱きついている幸郎くんが邪魔でうまく出来ない。
一体何時に帰ってきたんだろう。
布団に入ったことすら気がつかなかったから、私は相当熟睡していたらしい。
布団は早々に諦めて、顔の近くにあった幸郎くんの手を掴む。バレーに一生懸命だったこの手は、今は命を救うことに一生懸命だ。愛おしくて、スリ、と手の甲に頬擦りすると、突然その大きな手がグルリと手のひらをこちらに向けた。

「えっ、んむっ?!」
「何を可愛いことしてんの名前ちゃん」

そういうの起きてる時にしてよ、と幸郎くんは片手でぷにぷにと私の頬を掴むように押してアヒル口にする。
手が急にこっちを向いたの、完全にホラー映画のそれだった。眠気が一瞬で吹き飛んだ。

「お、起きてたの?」
「あんなにモゾモゾ動かれたら起きるって」
「ごめんね、まだ寝てて大丈夫だよ」

ベッドから降りながら、今日はお休みの幸郎くんにまだ休んでいるように促す。だけど、幸郎くんはまだ眠そうにしつつも「俺も起きる」と一緒にベッドから出た。

「今日昼前には出るんだろ」
「うん。荷物持ってきたからここで準備して行って、終わったら戻ってくるつもり」
「わかった」

折角2人の休日が重なった日曜日だったけど、私は友達の結婚式にお呼ばれしていた。
少しでも一緒の時間を作りたくて、昨日からドレスなど必要なものは持ち込んでいる。明日も祝日で休みだから、幸郎くんの家に戻ってくるつもりだった。
朝ご飯を食べ終えて身支度を始めた私は、テレビを見ながら時々ちょっかいを出してくる幸郎くんをあしらいつつ、顔を作っていく。口紅の色に迷って、幸郎くんの意見を聞こうと口を開こうとした時、横から伸びてきた手が黒のケースに白いロゴが特徴的な口紅を手に取る。

「こっち」

幸郎くんが選んだのは、いつかの誕生日彼がプレゼントしてくれた淡いピンクの口紅だった。
筆に取って唇を彩れば、「うん」と満足そうに笑う幸郎くんに、あ、私の好きな顔だ、と胸が温かくなった。

身支度を整えて鏡でチェックしていると、後ろから同じく鏡を覗き込む幸郎くんにニコニコしながら「いいんじゃない?」と言われる。ニコニコしているがこの男、先程まで私が背中のホックをなかなか留められないで難儀しているのを「がんばれ〜」と面白そうに見ていたのだ。許すまじ。
結局懇願して幸郎くんにドレスのホックを留めてもらった。

そろそろ出るかな、と時計を確認していると「ホテルまで送るよ」と幸郎くんが車のカギを持って立ち上がる。

「いいの?」
「名前ちゃんが途中で転んだりしたら目も当てられないからね」
「転ばないもん」
「どうだか」

大体17時には終わるだろ?帰りも迎えに行く、と幸郎くんが言うのでお言葉に甘えることにした。

ホテルのロータリーで車を止めた幸郎くんはニコッと笑って「はい、いってらっしゃい」と私を送り出す。それに「ありがとう、いってきます」と返して、私は普段より踵の高いヒールを地面に付けた。

友達と落ち合っていざ式が始まると、私のテーブルには、新婦側、新郎側の独身の友達が一緒に配置されていた。さながら3対3の合コンのようだ。
同じテーブルに座る2人の友達は今恋人がいない為、彼女達へ出会いをという新婦の意図を汲んで私も当たり障りなくみんなに混じって話をするよう努めた。
思いの外、隣に座った新郎の高校時代のお友達と話が弾んでしまったけど、幸郎くん以外の男の人とこんなに話すのって久々だったから、何だかドギマギしてしまった。


無事式が終わって、友達に別れを告げクロークから荷物を受け取っていると、後ろから肩を叩かれる。てっきり迎えに来てくれた幸郎くんだと思って笑顔で振り向くと、隣の席に座っていた男性が立っていた。

「あの、もしよかったらこの後2次会一緒に行きませんか」
「え、」

まさかそんな誘いを受けるとは思わず、目を丸くしてしまう。

「もっと君と話がしたいなって」
「その、私…」

遊びのつもりなのか本気なのかは定かじゃないけど、わかりやすいアプローチに頬が熱くなる。
だってこんな風に男性に誘われるの初めてだから。
幸郎くんとは、そういう恋愛の駆け引きナシの始まりだったし、ドキドキしてしまうのも許してほしい。
だけど、左手を取られて一気に背筋がゾワッとしてしまう。
幸郎くんの手と違う。手に馴染む感覚の無い他人の手。どうしてだろう。幸郎くんの手は触れるとあんなにしっくり来るのに。今は違和感しかない。



「ごめんなさい、帰らなきゃいけないんです」
「じゃあ、連絡先教えてくれませんか」
「あの…「ごめんなさい。お断りします」

後ろから聞きなれた声がしたと同時に、握られていた手が解放される。そして、慕わしい香りが鼻をくすぐる。

「帰ろう」
「う、うん」

幸郎くんは、もうここには用はないとばかりにスタスタと私の手を引いて外へ出る。
夕方の外気は少し冷たくて思わず腕を擦ると、それに気が付いた幸郎くんは、ジャケットを脱いで肩にかけてくれた。幸郎くんサイズのジャケットは大きいから当然ズシッと重い。そんなズシリと重いジャケットから移る体温が、きゅんと胸を高鳴らせた。
幸郎くんは無言のまま車に乗り込むと、むすっとした顔で「迎えに来て良かったよ」と息を吐いた。張り詰めていた空気が少し緩む。

「あのまま連れて行かれる気かと思った」
「そ、んなことないよ」
「顔赤くしちゃってたのに?」
「…だって、あんな事言われたの初めてだったから」

俯きがちにそう言えば、幸郎くんは「ふぅん」と興味なさげな返事。なんだかろくでもないことを考えている気がした。
彼はスッと手を私の首元に伸ばして、ネックレスを掴む。

「ねぇ、名前ちゃん靴買ってあげるよ」
「え?」

にっこりと告げられた言葉があまりにも突拍子がなくてキョトンとしてしまう。
幸郎くんは、ネックレスから手を離し手首のブレスレットを確認する様に触る。どちらも幸郎くんからのプレゼントだった。

「首と手首を縛るものはあげてたけど、俺から離れて行けないように足も縛らなきゃだね」
「幸郎くん?」

私はつい、中学時代に幸郎くんから「バレンタインどうするの」と聞かれ、話しかけられたことに怯えつつ「誰にもあげないよ」と嘘をついた時のことを思い出した。
幸郎くんはその時も「ふぅん」と興味無さげな返事をしたけれど、私の嘘を見抜いていたらしい。バレンタイン当日、友チョコ用のクッキーをぶん取られた記憶がある。「俺に嘘ついても無駄だよ〜」と笑っていた幸郎くんは当時最高に怖かった。ちょっと泣いたし。
今の幸郎くんも、ちょっと怖い。変な凄みがある。というか、縛るつもりでプレゼントを選んでたのか。幸郎くんって本当、見た目は犬っぽいのに蛇っぽい。
でも私だって、伊達に幸郎くんと一緒に居るわけじゃないのだ。

「…いいよ。お揃いの靴買おう。スニーカーとか。幸郎くんの分は私が買うから」

だから、お見合いとか、最近言い寄ってくる人のところとかに行こうなんて考えないでね。と言えば、幸郎くんは目を丸くした後、フッと吹き出した。

「知ってたの?」
「お母さんから聞いた」
「奥様情報網なめてたな。不安にさせるくらいなら耳に入れない方がいいと思ってたんだけど。ごめんね」

名前ちゃん以外、俺にはありえないよ、と言いながらハンドルに突っ伏して幸郎くんはクスクス笑う。

「まだ店空いてるし、今から行こう」
「えっ、この格好でスニーカー見るの?!」
「いいんじゃない?可愛いかも」

そう言って幸郎くんはエンジンをかける。
ドレスにスニーカーって余程のお洒落上級者じゃないと、とんだ面白ファッションになる気がするんだけどなぁ。でも、幸郎くんが嬉しそうだからいっか。

結局幸郎くんに言い寄ってくる飼い主さん達は、職場のデスクに私とのツーショット写真を飾ることで物理的に黙らせる方向に落ち着いたらしい。
流石やり方が周到だ。飼い主さんと同時に受付のお姉さんも黙らせたんだから。

幸郎くんがなんで私に固執してるかは未だに不思議な時があるけれど、彼は私から離れようとはしないし、私だって幸郎くんから離れてあげる気なんて到底無い。
幸郎くんのお家の玄関に行儀よく並んだお揃いのスニーカーを見ながら、私は込み上げてくる満足感ににっこりと笑ったのだった。




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