昼神先生の恋人(モブ視点)


「お大事にどうぞー」

今日最後の患畜になった子猫のモモちゃんを見送って玄関のブラインドを下ろす。
さて、明日の予約を確認するかな。と受付に戻ろうとすると、診察室からヌッと大きな影が現れた。

「あら、お疲れ様です」
「お疲れ様です。すみません、消毒液借りて良いです?」
「モモちゃんにやられました?」
「えぇ、盛大に」

苦笑いしながらこちらへやってくる大柄な男性はうちで一番若い獣医師の昼神先生だ。
体が大きいから治療に怯えて暴れる患畜をホールドするのによく駆り出されるのだが、その代償に引っ掻かれたり噛まれたりする事が度々ある。仕事柄仕方ないとはいえ、生傷が絶えないのは可哀想ではあった。

「そこのテーブルに置いてあるから使ってください」
「はい」

昼神先生は院内用のスリッパをペタペタ言わせながらテーブル横の丸いスツールに座る。先生が座るとまるで子供用の椅子みたいに見えるから驚きだ。ガタイの良さゆえか、この前は飼い犬に付いてきた女の子に一瞬ビビられていたっけ。
消毒液を手に取った昼神先生は手の甲にそれを吹きかける。

「ったぁ…」
「はは、しみますよねぇ」
「これ風呂も痛むだろうなぁ」

困った顔で笑う昼神先生は、消毒液を元の場所に戻して「ありがとうございました」とその場を去った。今日は珍しく急いでいるようだ。用事でもあるんだろうか。
今日中に済ませなきゃ行けないことを終えて事務室を出る。ロッカーに向かっていると、私服に着替えた昼神先生と会った。

「お先に失礼します」

そう言って会釈する先生の格好を見て急いでいる理由にピンと来た。

「もしかしてデートですか?」

昼神先生は、一瞬驚いた顔をしてすぐにいつもの笑顔に戻る。

「バレちゃいました?」
「だって、服装が違うじゃないですか」
「そうかなぁ」

そう言って先生は自分の服を見下ろす。
今日はホワイトのフランネルシャツの上に春色のセーターを合わせて、ボトムもセンタープレスがしっかりついた紺のパンツだ。スニーカーこそカジュアルだけど、小脇に抱えたコートを着ればカチッとして見えるに違いない。いつもはもう少し楽な格好というか、ジーンズやスウェット地のパンツの時もあるから、一目で違いはわかる。それにさっきはしてなかったのに、今は髪をセットしているから余計にわかりやすい。

「昼神先生もデートに浮かれたりするのねぇ」

自分で言っておばさんくさいかと思ったが、おばさんだから許してほしい。年齢の割に落ち着いている先生だけど、こと恋愛においては年相応なのかもしれない。だって、診察室のデスクに自分と愛犬と恋人とのスリーショットを飾っているのだから。

「まぁそりゃ嬉しいですよ」
「いいなぁ。旦那とそんな時期あったかしら」
「はは、あったでしょ」

昔を回顧するように言った私に先生は明るく笑って「それじゃ、また明日」と足早に去っていった。

実は一度だけ、郊外のアウトレットで買い物をする昼神先生と恋人を見たことがある。デスクの写真の女の子とよく似ていたから間違いないと思う。付き合って長いと言うだけあって、恋人同士のキャピキャピ感は無く、連れ合いのような落ち着きがあった。

人とぶつかりそうになった恋人の肩を抱いて自分の方に引き寄せたり、さりげなく荷物を持ったり、人混みで恋人の声を拾おうと腰を曲げて彼女に耳を近づけたりと甲斐甲斐しい姿を見るに昼神先生の方が惚れているのかもしれないと思った。
その姿になんだかむずむずするような、懐かしいような気持ちになったのを覚えている。

うちの受付の若い女の子や、飼い主さんからの秋波ものらりくらりと交わす昼神先生をあの女の子は一体どうやって落としたんだろう。今度昼神先生に恋バナ振ってみようと思いながら、私も着替えに向かう。

あーあ、たまには私も旦那に優しくしてあげるかな。夕飯は特別に旦那の好物を作ることにしようっと。




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