先輩の彼氏(モブ視点)



「わぁ、素敵だね」

そう言って名前先輩は俺の書き上げた画仙紙サイズの作品をしげしげと眺める。微笑んでいる姿を見るに、心からそう思っているようだった。
高校の部活として選んだ書道部の先輩はみな優しいけれど、名前先輩はその中でもひときわ善良な人だった。将来怪しいツボとか買わされそうな気がする。なんて余計なお世話でしかない心配をしてしまうくらいに。

さっき書き上げたのとどちらが良いか、と先輩に相談してみると、先輩は真剣に画仙紙を見比べ始める。その横顔がいつになく真剣でいいな、と思った。画仙紙の上を滑るまっすぐな視線も、真剣さ故かいつもより引き締まった表情も、蒸し暑さのせいか少し汗ばんだうなじも。

「名前―」

ぼぉっと横顔を眺めていたところに現れた別の先輩によって、現実に引き戻された気分になる。自分はいったい何を考えていたんだ、とさっきまでの想いを振り払うように首を左右に振った。

「今日帰りにタピオカ飲んでかない?」
「あ、ごめん…私帰りは…」

先輩の誘いに、名前先輩は困った顔でそう言い淀む。

「昼神くん?」
「うん。そうなの…」
「一緒に帰るんだ?いいなぁラブラブで」
「そんなんじゃないよぉ」

名前先輩は今年からバレー部の先輩と付き合い始めたらしい。自分はその先輩を良く知らないけれど、割と女子に人気がある人だそうだ。周りに女子が寄ってくる中で名前先輩を選ぶなんて見る目あるじゃん。上から目線にそう思った。
昼神先輩、いったいどんな人なんだろうか。噂に聞く限り優しいらしい昼神先輩との邂逅は、すぐに訪れた。

テスト前の部活停止期間の放課後、名前先輩がバレー部の体育館の所にいるのを見かけた。

「あれ、先輩帰らないんですか?」
「あ、えっと、ミーティング終わるの待ってて…」

照れたような表情に、昼神先輩を待っているんだな、とすぐに分かった。

「仲良いんですね」
「え、そん、わぁ?!」

先輩が話している途中で強い風が吹き抜ける。地面に落ちていた葉っぱが巻き上げられたのか、名前先輩の頭にちょこん、と小さな葉が乗っていた。

「はは、先輩葉っぱついてますよ」
「え、うそ、どこ?」
「取りましょうか?」

そう言って俺は頭一個分低い所にある名前先輩のつむじに手を伸ばした。

「あ〜あ、名前ちゃん葉っぱついてる」
「え、」
「わぁ!」

いつの間にそばに来ていたのだろう。俺の手より先に、誰かの手が名前先輩の頭から葉っぱを払う。ついでに、ほぼ触れるところだった俺の手も払われた。

平均身長の俺が見上げなきゃいけない長身に優し気な表情。もしかして、と制服の胸元に視線を動かすと“昼神”と書いてあった。

昼神先輩だ!と伝説のポケモンに出会った時のような気持ちになった。内心わくわくする俺をよそに二人は「びっくりしたぁ」「そう?待たせてごめんね」「いいよ」とのんびりした会話を繰り広げている。
その場を離れようかと逡巡していると「ところでこちらは?」と昼神先輩が水を向けた。

「部活の後輩だよ」
「名前先輩にはお世話になってます」

紹介されたので挨拶すると「ふぅん。ぼんやりさんの名前ちゃんの方がお世話になってるんじゃない?」とにっこり微笑まれた。
いや、微笑んではいるがオーラが怖い。圧を感じる。伝説のポケモン、なんか俺の事嫌ってない?

「まぁ…それなりに?」

そんな昼神先輩に気がついていないのか、名前先輩は小首をかしげながら答える。待って先輩。小首傾げてないで後ろ見て。先輩の背後の人、めっちゃ怖いんですけど。
昼神先輩は後ろから両手を名前先輩の肩に置いて「そうなんだ。名前ちゃんをよろしくね」と微笑む。

俺は昔から割と察しが良い方だと言われてきた。
だから、わかる。全然よろしくなんて思っていない。むしろ、変な気を起こすなよ?と言われた気がした。

「はい…」

俺はそう返事して、そそくさとその場を去った。
全然優しくねぇじゃん!だれだよ昼神先輩は優しいって言った奴!そう思いながら俺は早足に家路についた。

2度目の邂逅はそれから数カ月経った頃だった。部活の後片付けをして名前先輩と部室を出た時、先輩が部室の出口の扉に目測を誤って腕をぶつけた。

「先輩!大丈夫ですか?」
「いったぁ…これ痣になったかも」

先輩はシャツの袖を捲って腕を確認する。

「あ、ダメだ自分じゃ見えない。ちょっと見てくれる?」
「はい」

打った位置が二の腕の裏あたりだったせいで自分では見えなかったらしい。俺は一歩先輩に近づいて、捲られていたシャツの袖を落ちてこないよう腕を掴むように抑える。

「あー…少し青いっすね」
「わ、やっぱり」
「すぐ治ると良いですね」
「うん」
「おーい、名前ちゃん」
「ひっ」

聞こえた声に、俺は咄嗟に両手を先輩から放して顔の横に上げた。図らずも降参のポーズみたいになってしまう。変なことはしていません!の意思表示のつもりだった。

「こんなところにいた。何してたの?」
「さっき腕打っちゃって、痣になってないか見てもらったの」
「また痣作ったの?」
「わざとじゃないもん」
「こないだも内腿に痣作ってたよね」

どうやって内腿打つの?と昼神先輩は揶揄うように尋ねる。

「それに、ここにも痣作ってたし」

そう言って昼神先輩は名前先輩の脇腹を指差す。

「やめてよぉ」

名前先輩はなんだか恥ずかしそうにしているが、俺はまたピンときてしまった。内腿や脇腹なんてそうそうお目にかかる事はない。つまり、昼神先輩は名前先輩の服の下を見たことがあると言う事だ。要するにヤることヤってますよ、と言外に示している。

牽制されていると思った。いやいや、俺は名前先輩に手を出す気とか本当にないです。そう思うけれど、疑わしきは罰する精神なのか、昼神先輩は「名前ちゃんたら不用心だよね?」とにっこりと俺に笑顔を向ける。それが暗に「男相手に不用心だよね?」と言ってるように聞こえて、俺は慌てて適当な理由をつけてその場から逃げるように去った。
はぁ、今後名前先輩と一緒にいる時は気をつけないといけない。そう自分に言い聞かせた。
くわばらくわばら。





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