近所に住む名前ちゃんは、私に合うと必ず「こんにちは」と挨拶してくれるいい奴だ。
"良い子"だって、イドバタカイギでおばちゃ
んたちも話している。誰かが悪さや良い事をするとすぐ噂にのぼるご近所で、名前ちゃんはほとんど名前の挙がらない存在だった。良くも悪くもない、普通の人ってことなのかもしれない。
ご近所の子供たちの中での私のお気に入りは、
名前ちゃんと同い年の幸郎くんだった。
イドバタカイギでも、よくおばちゃんたちが褒めている。背が高くて、優しくて、見た目だって格好いい。
一度「大人になったら幸郎くんのお嫁さんになってあげても良いよ」と言ったら「最近の小学生ってませてるなぁ」と笑って流された。私が小学生だからって流さずに、もっと真剣に受け止めて欲しかった。とはいえ、私も幸郎くんと絶対結婚したい!というわけでもなく、同じ学校のソウタくんやヒロキくんも足が速くて格好いいななんて思っていたりもするから、そこは "シゼンナナガレ"ってやつでそうなってもいいかなって思っただけだ。
お母さん日く、幸郎くんと名前ちゃんは同じ高校に通っているらしい。毎日幸郎くんに合えるなんて名前ちゃんが羨ましかった。だって、毎日幸郎くんと遊べるってことでしょう?そう聞いたとき、お母さんは笑って「高校は遊ぶ場所じゃないよ。二人ともお勉強してるの」と言った。
同じことを名前ちゃんに言ったら「あそ、え、うーん、そうだね毎日会えるね」と困ったように笑っていた。幸郎くんの方は「うん。名前ちゃんと毎日遊んでるよ」って言っていた。
ほら、やっぱり遊んでるんじゃんか!ってちょっと名前ちゃんにイライラしてしまった。
だって名前ちゃんばっかりずるい。私も幸郎くんと遊びたいのに。
ある日、習い事の帰りに名前ちゃんと幸郎くんを見かけた。名前ちゃんは困った顔で幸郎くんに手を引かれて歩いている。そして私に気がつくと幸郎くんと繋いでいた手を慌てたように放した。
別に繋いでてもいいのに。二人が高校で一緒に遊んでるのは私だって知ってるんだから。
「私も幸郎くんと手を繋ぎたい」
二人の前に立ってそう言えば幸郎くんはにっこ
りと笑う。
「いいよ」
そう言って私を幸郎くんと名前ちゃんの真ん中にして、両側から手を繋いでくれた。二人に習い事の話をしながら歩いて帰るのはとても楽しくて、またそうして欲しいなぁなんて思ってしまった。
次に二人を見かけたのは、友達とかくれんぼして遊んでいた神社の境内だった。参拝する人が来ないような人の少ない場所のベンチに座った名前ちゃんは不安そうにあたりをきょろきょろと見回していた。名前ちゃんに駆け寄ろうとしたところ、幸郎くんがゆっくりと名前ちゃんに歩み寄るのが見えた。二人もここで遊んでいたんだろうか。
誘ったら一緒にかくれんぼしてくれるかな。
幸郎くんは名前ちゃんの横に座ってなにか話している。名前ちゃんは困った顔で首を横に振っていた。幸郎くんはそんな名前ちゃんに顔を近づけて何かを囁く。すると、名前ちゃんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。いったいなに話してるんだろう。幸郎くんは楽しそうな顔で名前ちゃんの手に自分の手を重ねた。私は、なんとなく、二人の邪魔をしちゃいけないような気がして回れ右してその場を走り去った。
それからしばらくして、二人がオツキアイしてるんだっておばちゃんたちが言ってるのを聞いた。
おばちゃんたちは、そのままシゼンナナガレってやつで名前ちゃんが幸郎くんのお嫁さんになるんじゃないか、なんて言っていて私はムッとふくれっ面になってしまう。
なんだか嫌だった。二人が、遠くに行ってしまうような気持ち。
もやもやした気持ちで習い事から帰っていると、また名前ちゃんと幸郎くんが一緒にいるのを見かけた。名前ちゃんの家の前で何か話しているようだった。そっと離れたところから見ていると、幸郎くんがその長身を屈めて名前ちゃんにキスをした。
絵本の中の王子様がお姫様にそうしてる絵を見たことがあるから、あれがキスだって私だって知ってるんだから。名前ちゃんも少し背伸びをしてそれに応えている。それをみて、二人は私よりもずっと大人なんだって思ってしまった。
同じ"近所の子供"の括りに入ってはいるけれど、きっとほどなく二人はそのグループから出ていく。私が感じた通り、二人はあっという間に大学生になって、私も小学校の高学年になった。
そして、成人した今となっては、二人がいつか
らそういう関係性だったのかなんとなくわかるようになってしまった。
大人になった幸郎くんはお兄さんやお姉さんと
は違い、バレーの道は選ばなかったらしい。地元の動物病院で獣医さんとして勤めていると聞いた。
そして、名前ちゃんは、おばちゃんたちの予想通り幸郎くんのお嫁さんになった。
私はもうそれを羨ましいと思ったりはしないけれど、先日久しぶりに見た名前ちゃんのお腹が大きいことに気がついて「幸せそうでいいなぁ」とは思ってしまった。
私に気がついた名前ちゃんが、少し離れたところから笑顔でこちらに手を振る。
名前ちゃん、私も名前ちゃんにとっての幸郎くんみたいな人を見つけたよ。それを伝えたくって、私は名前ちゃんに見えるように、恋人と繋いだ手を持ち上げて返事するように振って見せたのだった。
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