熱視線



問題集に視線を落としているせいで伏せられたまつ毛が、彼の頬に影を落としている。
長いというよりは密度が高いまつ毛は、優しげな眼差しをより一層そう見せているように思えた。
頬杖をついた彼の動きに合わせて髪が揺れる。緩やかな曲線を描く髪はパーマをあてたようにも見えて、本人は「ただの遺伝だよ」と笑っていたけれど彼の持つ柔和な雰囲気とよく調和していた。
髪の色が黒じゃないから、高校入学当初、生活指導に引っかかりそうになっていたっけ。中学生の時は坊主だったから、髪の色なんて咎められたことは無かったんだろう。
本人も「小さい頃の写真を出せなんてこのご時世によく言うよ」と少しムッとしていたようだった。見た目の通り柔らかな髪に触れると、幸郎くんはいつもくすぐったそうに笑う。その顔が私はとても好きだった。

何か考えているのか幸郎くんの唇にきゅっと力が入る。その色は、私のモノよりも赤みが薄い。身体が大きいとパーツも大きくなるのか、幸郎くんの口は私の口よりもずっと大きかった。幸郎くんの唇が触れるといつも、どきどきして、嬉しくて、満たされた気持ちになってしまう。
こうして幸郎くんを観察すると、案外発見があるものだ。意外な場所にある黒子とか、手の甲の小さな傷跡。子供の頃には気がつかなかった、私と作りの違う体。私の好きな男の子。好きだなぁなんて乙女チックに浸る。今日はそんな気分だった。

「なにそんなに見てんの。穴でも開けるつもり?」

熱ーい視線注がれると落ち着かないんだけど、と幸郎くんは苦笑いしながら両手を組んでぐっと前に伸ばす。パキパキッと軽い音がした。私は弾かれたように居住まいを正す。自分で想うよりも長い時間見つめていたようだ。

「ごめんなさい」
「別にいいよ。そんな熱視線寄越してどうしたの」

どっかわからない問題あった?と幸郎くんは私の問題集に視線を落とす。

「…全然進んでないね」
「あ、あはは…」

笑ってごまかそうと、とりあえず笑ってみるけど、幸郎くんの視線は優しいものにはならなかった。

「名前ちゃん」
「はい…」
「なにか言いたいことあるなら言っていいよ」
「えっ」
「あれ、違う?」

何か言いたいことがあって見てたのかと思った。と幸郎くんはきょとんとした顔で私を見る。

「ううん、そうじゃないの。好きだなぁって見て、あ、ぅ、い、今の無し!!」

口を滑らせた恥ずかしさに思わず両手で顔を覆った。とても幸郎くんの顔を見ることなんてできない。

「隠さないでよ」

顔を隠す私の手を、幸郎くんの手が掴む。いつの間にこちらに来たんだろう。

「やだ、やめてよぉ」
「顔見せて」
「いやぁ」
「わ〜、真っ赤」

必死の抵抗は、ものの数秒しか持たなかった。
それでも、幸郎くんの顔を見るなんてできなくて、両目をギュッと閉じる。閉じた瞼の向こうで、幸郎くんが動く気配がした。彼の制汗剤の香りがさっきよりも近い。爽やかで少し甘いサボンの香り。音もなく、何かが唇に触れた。触れ合わせるだけの淡白なキス。音も呼吸も止まる数秒間。世界に私たちだけって気分になる。

「…勉強どころじゃ無くなちゃった」

どうしてくれるんだよ、と唇を離した幸郎くんが私のほっぺを引っ張る。
大して力を入れてないのか、全然痛くない。どこか熱を帯びた幸郎くんの瞳に、どきどきと落ち着かない気持ちになる。

「さちろ、く…」
「ん?」
「ワン!」

どこか甘ったるくなり始めた空気を裂いたのは、ドアの向こうから聞こえたコタロウちゃんの声だった。

「コタロウちゃんだ」
「開ける?」
「うん」

よいしょ、と立ち上がった幸郎くんが部屋のドアを開ける。そして現れたコタロウちゃんを私は思う存分もふもふしたのだった。   






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