恋の痛み



「キスしても良い?」

鼻先が触れ合うような至近距離で問われた言葉に、私は小さく首を横に振った。
叶わない願いだと薄々勘付いてはいても、一縷の望みに縋らずにいられない。私はあくまで彼女“役”。その意識が、彼の言葉への拒否反応へと繋がる。

幸郎くんは時々、こうして私を試すようなことをした。なにを確かめているのかわからないけれど、私の意思を問うくせに、私の答えが彼の望むものと違うと途端に意地悪になる。
普段の理知的な姿が嘘みたいだ。
でも、そういう自分の望む答えを言って欲しいという甘えを感じさせる末っ子らしさはちょっと可愛らしくもあった。
近すぎる距離に、幸郎くんの胸板を押して向こうに押しやろうとするけれどビクともしない。
「こら」と逆に手を掴まれてしまった。
幸郎くんの手が、私の手を撫でる。この大きな手が案外手入れが行き届いて綺麗なのだと他の女の子も知ってるのかな、なんて今どうでもいいことを考えた。
私のものより幅のある爪も、いつだって綺麗に整えられている。幸郎くんが競技にむけている気持ちが、日頃の入念さから窺える気がした。

おもむろに指の背で頬を撫でられる。その温かさについ甘えるように幸郎くんの手に頬を寄せてしまった。

「えいっ」
「いひゃい」
「はは、面白い顔」

何が楽しいのか、幸郎くんは私のほっぺを左右に引っ張って笑っている。地味に痛い。

「目、閉じて」

その言葉に私は素直に瞳を閉じた。
さっきの私の意思表示を丸無視して、唇が重ねられる。

まるでガラス細工に触れるみたいに優しい触れ方だった。

心臓が、じくじく痛む。ごめんね幸郎くん。私、幸郎くんのこと好きになっちゃった。だからもう、彼女“役”でいるのは悲しくって辛い。
でもね、それなのに私、幸郎くんの手を放す勇気が出ないの。ズルくてごめんね。心の中でそう懺悔しながら私は幸郎くんのワイシャツを縋るようにギュッと握りしめた。












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