あこがれ


おそるおそる覗き込んだ体育館には「ナイッサー!」と野太い声が響いていた。覗き込んでいるのが男子バレー部の練習だから、何も不思議はないんだけど、やはりその迫力には少し気圧されてしまう。見回した視界に、目的の人物はいない。あれ?と首を傾げていると、キュッ、と靴底と体育館の床が擦れる独特の音と共に、誰かが私の前に立った。

「君、誰かに用事?」
「えっ、あ、ひゃい」

ひょこっと目の前に現れた顔に、思わず返事がつっかえてしまった。ひゃいってなんだ。恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこのことだ。
上林先輩は、私の変な返事を気にした様子もなく「誰?呼んでくるよ」と明らかにガチガチの私の緊張を解くためか微笑んでくれる。
先輩から、キラキラという効果音が聞こえる気がした。色素の薄い髪が、私たちが立っている体育館の入り口から吹き込む風に揺れて爽やかだ。丁寧に丁寧に作り込まれたかのような造形。有体に言えば、好みの顔。
それはもうど真ん中に。
そんな好きな顔が目の前に現れたら挙動不審になるのも仕方ないと思う。
優しげな面差しそのままの声で「遠慮しなくて良いよ」と相手の名前を言うように促される。私は観念するように、握っていた拳を開いて「あの、昼神くんに教科書を返したくて…」と伝えた。

「幸郎?まだ来てないよ」
「えっ?」

そんなはずはない。だって「明日の予習するからその教科書放課後には返してね」って言った幸郎くんを訪ねて教室に行ったら、幸郎くんのクラスの男子に「昼神ならもう部活行ったぞ」って言われたのだ。

「ていうか、もしかして君って幸郎の「何してんの名前ちゃん」
「わ!幸郎くん!」

背後から聞こえた声に、思わず大きな声が出た。振り返ると、思った通り探していた人が立っている。

「名前ちゃんのクラスに行ったら居ないから帰ったかと思った」
「わ、私だって幸郎くんのクラスに行ったもん…」
「あれ、すれ違っちゃったかなー」

そう言う幸郎くんはごめんごめん、と私の手から教科書を取る。

「すみません上林さん。名前ちゃんがご迷惑おかけしました」
「あ、いや、大丈夫」

上林先輩はどこか呆気に取られた様子で、その場を去っていく。正直に言うと、もう少し近くで見ていたかった。
ていうか、別に迷惑ってほどのことはしてない…と思いたい。

「…近くで話せてラッキーって感じ?」
「ひゃっ」

去っていく上林先輩の背中を見ていると、耳元で幸郎くんの声がした。
内緒話でもするみたいに私の耳元に唇を寄せた彼は「名前ちゃんの浮気者」と楽しそうな声で私を責める。

「好きなわけじゃないもん」
「でも上林さん好みのタイプなんだろ」
「それはそうだけど…好きなのは幸郎くんだよ」
「え?なんて?」

もっと大きな声で言ってくれないと聞こえないなぁ、そう言う幸郎くんの顔はにこにこしていて、絶対に聞こえているはずだった。

「やだ!言わない」
「聞こえなかったから仕方ないだろ」
「嘘つきぃ」
「はは、怒ってる」
「もー…幸「くぉら!お前ら!家でやれッッッ」

体育館から飛んできた怒声に飛び上がりつつそちらを見ると、星海くんがこちらを指差して怒っている。

「あ、星海くん…」
「光来くんごめーん!すぐ行くよー!」

縮こまる私とは対照的に、幸郎くんは全くもって普段通りに返事をして「じゃあまた後で」と手に持っていた教科書で私の頭をぽこんと叩いて去っていく。
私は叩かれた場所をさすりながら「後で…?」と背筋が寒くなるのを感じたのだった。




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