やきもちバレンタイン



個人的な意見だけど、バレンタインの義理チョコには2種類あると思う。
日頃の感謝や付き合いで渡される本当の義理チョコと、義理チョコに擬態している本命チョコ。私が手に持っているチョコが後者であることは、確実だった。

獣医さんとして働きだしてから、幸郎くんは職場の女性陣や飼い主さんからチョコをもらうようになった。学生の時も毎年バイト先でもらったりはしていたみたいだけど、数が違う。
昨年、紙袋にパンパンに詰まったお菓子たちを見て驚いた顔をした私に、彼は苦笑いしながら「全部義理チョコだよ。職場の人からのチョコはみんなで1つとかにまとめてくれたらいいのにな〜」と言っていた。なんでもお返しが大変らしい。

今年も幸郎くんの願いは叶わなかったらしく、昨年同様パンパンになった紙袋を持って帰ってきた。昨年より顔見知りの飼い主さんが増えた為なのか、チョコの数が増加した気がする。なんにせよ、人気があるのは良いことだ。「好きなの食べていいよ」という言葉に甘えてウキウキした気持ちで紙袋の中身をチェックする。

目についた箱を手に取った瞬間、カサッと手に触れるものがあった。なんの変哲もない、お手頃なメーカーのチョコの箱。何故か胸騒ぎがして箱をひっくり返してみると、リボンがかけられた箱の裏面に張り付く、名刺サイズのメッセージカードらしきモノを見つけてしまった。盗み見るなんて、と一瞬悩んだけれど、幸郎くんがお風呂に入っている今ならバレないんじゃないか、と魔が差した。

そっとメッセージカードをめくると「昼神先生へ 先日はこむぎの予防接種ありがとうございました。良かったら今度ぜひお食事に行きませんか。連絡待ってます。」とのメッセージに名前と電話番号、あとメッセージアプリのIDが書き添えられていた。本命チョコだ!と動揺して箱を取り落としそうになってしまう。メッセージの内容から察するに、飼い主さんからのチョコのようだ。

手作りのモノや高級って分かるメーカーだと受け取らない可能性があるから、あえて手頃なメーカーのものにしたのかもしれない。そういう方法聞いたことがある。警戒されないようにって。箱を両手で持ったまま考え込んでしまう。このまま見なかったことにするか、それともメッセージカードをこっそり外してしまうか。

こんなことでやきもちを妬くなんて、と思われるかもしれないけれど、面白くない気持ちだった。

「名前ちゃん?」
「わーっ!?」

突然聞こえた声に飛び上がりそうになる。嫉妬と良心の狭間で悩み過ぎたせいか、幸郎くんがお風呂からあがってきてしまった。リビングに戻ってきた彼は固まっている私を不思議そうに眺めて、手に持っているチョコの箱に目を留める。

「それ食べるの?」
「た、食べない」

そう言いつつ、咄嗟に箱を背中の後ろに隠した。そんな事したら怪しいことこの上ないのに。

「なんで隠したの?」

幸郎くんはゆったりとした様子でコップにお茶を注いでいる。

「なんでも、ないよ?」
「今瞬きしなかった」
「う、」
「あ、やっぱり嘘だ」

コップに口を付けながら、幸郎くんがおもしろそうに私を見た。そして、お茶を飲み干した後、こちらにやって来て私の前にしゃがむ。

「なんで隠すんだよ」
「…ごめんなさい」

叱られた子供のように、おずおずと箱を差し出す。幸郎くんは、受け取った箱を検分するように眺めて、すぐに裏面のメッセージカードに気が付いた。
いつも私に優しく触れる指先が、カードをそっとめくる。彼の目の動きで、文面をなぞっているのが分かった。

「あ〜…こむぎちゃんの飼い主さんか…」

心当たりのある様子に、握りしめた手に力が入る。

「そんな険しい顔しないでよ。連絡しないって」
「…わかってる。勝手に見てごめんなさい」
「も〜、ヤキモチ妬きだなぁ名前ちゃん」

仕方なさそうな声色にしてはやけに嬉しそうな顔で幸郎くんは私の頬を軽くつねった。

「このメッセージは処分する。チョコは一緒に食べる。それでどう?」
「…わかった」

よし、決まり。と幸郎くんは私の頬から手を放す。そして、私に手を差し出して「それで?名前ちゃんからのチョコは?」と聞いた。私は慌ててショッキングピンクのショッパーからハート型の箱を取り出して幸郎くんに渡す。

「わ、お酒入りのやつだ。美味しいよねこれ。ありがとう」
「うん」
「俺からもプレゼントしないとだね」
「え?」

例年幸郎くんからバレンタインをもらうことなんてなかったから、私はびっくりしてまじまじと幸郎くんを見つめてしまう。
彼は、例のメッセージカード付きのチョコの箱にかかっているリボンを解いて何を思ったのかそれを自分の首に巻いた。首の太さに対して長さが足りてないから、かろうじて結べているといった状態だ。

「ヤキモチ妬きの名前ちゃんに俺をあげるよ」

どうぞ、と両手を広げられる。
私はどこか負けた気持ちになりながらも、嬉しい気持ちに突き動かされるままに幸郎くんに抱き着いた。

「ありがとう幸郎くん」
「どういたしまして」

顔をぐりぐりと幸郎くんのスウェットに擦り付けると、彼のにおいを感じられて気持ちが落ち着いた。首に巻いたリボンを解いて、指先で首筋を撫でるとくすくす笑う振動が指先から伝わってくる。

「俺のことどうする気?」

挑むように聞かれた言葉に「チョコと一緒に食べちゃうかも」と返すと、彼は朗らかに笑った。

「残さず食べてよ名前ちゃん」

塞がれた唇には、すっかり馴染んだ幸郎くんの唇の感触。ゆっくり床に倒されて、パジャマの裾から不埒な手が侵入する。額と額が触れ合って、彼の瞳に私が映っているのが分かった。

「好きだよ名前ちゃん」

優しく微笑んだ顔に、チョコレートみたく溶けてしまいそうな気持ちになった。

「幸郎くん大好き」

全部溶けてしまって、ひとつになれたらいいのに。そんなことを思いながら私はそっと、幸郎くんの頬にキスを贈った。




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