矢印の方向


自分の外見がある程度女子にウケることは自覚している。それが煩わしく感じることは贅沢なのかもしれないけれど、今の自分にとっては邪魔以外の何物でもなかった。
昼休みの廊下で部活仲間と話していると、他クラスの女子がおそるおそるといった様子で俺に話しかけてくる。

「あの…」
「なに?」
「今度のインターハイ予選、観に行っても良いかな」

ズルい聞き方だと思った。

「うん。どうぞ」

そう答えるほかない。観に来ること自体を俺が止める権利は無い。応援することもしかり。わざわざ許可を取りに来て、俺に意識させようという作戦は見事だと思う。事実、隣にいる部活仲間は「おぉ…」なんて羨ましげな声をあげていた。

緊張で潤んだ目に紅潮した頬。明らかに好意を寄せられている様子はありがたいと思うし可愛らしいとも思う。でも、俺の意識は既に目の前の名前も知らない彼女ではなくて、彼女の後ろを歩く名前ちゃんに向いていた。
今日は高い位置で髪を結んでいるから、彼女の歩みに合わせて尻尾のような髪がゆらゆら揺れる。俺に気づかれないように、細心の注意を払っているようだった。そうやって意識すると逆に不自然になって、結果目立つってわからないのかな。ほら、肩に力が入ってる。

「… 名前ちゃん」
「はいっ」

静かにその名前を声に乗せれば、彼女は必要以上に肩をびくつかせて立ち止まる。

「ねぇ、今度インターハイ予選があるんだけどさ」
「う、うん」

歩み寄る俺に何を言われるのだろうとでも考えているのか、彼女は不安げに俺を見上げる。桜色の唇がキュッと引き結ばれた。今俺が明らかに好意を向けられていたのに素知らぬ顔をするなんてひどいとは思わないのかな。

名前ちゃんは俺の“彼女”なのに。

本人は不本意に彼女になったという気持ちが強いのだろう。名前ちゃんは未だに、俺に対してどこか一線を引こうとする。そして俺はそれが気にくわない。“彼女のフリ”なんて気持ち、早く無くして欲しい。

「差し入れもって観に来てよ」
「えぇ…」

誘いをかけた途端に嫌そうな顔をする彼女のほっぺを引っ張っても、許される気がした。

「もしかして嫌がってる?」
「だって…そんな、彼女みたいなこと」
「…彼女だろ」
「それはそうだけど」

でも本当の彼女じゃないよ、とその後に続くのを俺は知っている。ちょっと俺に怯えているくせに果敢に言い返してくる矛盾に、名前ちゃんは自分で気づいているんだろうか。

「名前ちゃん」

微笑みを湛えながら彼女を見つめる。思い通りにならないのがもどかしい。名前ちゃん。早く俺を好きになってよ。
名前ちゃんは見つめられることに耐えられなくなったのか「…わかった。差し入れの希望あったら連絡してね」と言う。

「ありがとう」

俺はにっこり笑ってお礼を告げ、歩き出す名前ちゃんに付いて行く。

「あ、おい幸郎、」

引き留めようとする部活仲間に、振り向きながら「じゃあまた放課後ね」と告げる。その隣の声をかけてきた女子は、複雑そうな顔で俺を見ていた。ごめんね、俺は今名前ちゃんに振り向いてもらうので忙しいんだ。心の中でだけ謝罪をして、名前ちゃんを追う。

「お友達いいの?」
「うん」
「あの子は?」
「あの子も大丈夫」
「ふーん」

名前ちゃんは興味がなさそうに返事をした。

「…女の子避けに、なった?」
「うん。ありがとう」

自分は求められている役割を果たせたのかと尋ねる名前ちゃんの瞳は揺れていて、その理由が、俺が期待するものだといいなと思った。

「幸郎くんなんでついてくるの」

少し不満そうに名前ちゃんが俺を見る。

「理由が必要?」

そう聞けば「別にいいけど…」と口ごもった。落ち着かない様子で前髪あたりに触れている。
本当にぼんやりさんだね名前ちゃん。
名前ちゃんが好き意外に、どんな理由があるんだよ。




用事を済ませて友達の教室から廊下へ出ると、直ぐに幸郎くんの姿が目に入った。

昼休みは廊下に出ている生徒が多い。それでもどこにいるか一目でわかるくらい背が高いんだなぁと改めて実感した。窓に背中を預けてお友達と談笑している幸郎くんを、窓から差し込む光が照らして、まるで彼自身がキラキラしているように見える。

なにか面白いことを相手が言ったのか、幸郎くんが楽しそうに笑った。正直幸郎くんのことは少し苦手なんだけど、その笑顔は子供の頃から好きだった。
自分の教室に戻るには彼の前を通らなくてはならない。気づかれたら、間違いなく声をかけられる。出来ればそれを避けたい私は、どうしたものかと頭を悩ませた。
駆け抜けると目立つし、見つかれば先生に怒られてしまう。もう諦めるしかないかな、と思った時女の子が幸郎くんに話しかけているのが見えた。幸郎くんの視線が彼女に注がれる。今のうちに彼女の後ろを通ったら気づかれないんじゃないか、そんな考えが頭に浮かんだ。

そおっと、至っていつも通りを心がけながら歩く。ちょうど彼女の後ろを通る時、応援がどうの、と聞こえたから幸郎くんのことが好きなのかもしれないと思った。優しげな外見と穏やかな気性のおかげで幸郎くんは人気がある。だから、女の子に話かけられているのは珍しくない。

無事にやり過ごした、とホッとした瞬間「名前ちゃん」と幸郎くんが私を呼んだ。
バレてた、と肩をビクつかせてしまう。

振り向くと、私との距離を2歩で詰めた幸郎くんが目の前でにっこりと微笑んできた。足が長いから一歩が大きい。

「ねぇ、今度インターハイ予選があるんだけどさ」

それを聞いて嫌な予感が頭をよぎった。何を言われるんだろう、と唇に力が入る。

「差し入れもって観に来てよ」
「えぇ…」

つい素直な気持ちが声に出た。差し入れって何を持っていけばいいのかわからないし、そんな彼女みたいなことするのまだちょっと抵抗がある。嫌がる素振りを見せた私に、幸郎くんは"彼女"なんだから、と念を押した。きっと、私が行くことであの声をかけてきた女の子を牽制出来るんだろうなと思った。

そういえば、私は部活をしてる幸郎くんを見たことはあっても試合中の幸郎くんは見たことがない。仮にも彼氏なんだし、見に行ってもいいかなぁと思った。それに、女の子避けになって欲しいという彼の希望通り、役目を果たさなきゃと覚悟を決める。
見つめられることに耐えられなくなって承諾すると、幸郎くんはとても嬉しそうな顔でふにゃっと笑った。その柔らかな笑顔にドキンとしてしまう。

また歩き出した私を追うように幸郎くんがついてくる。お友達やあの女の子はいいの、と聞けば大丈夫だと言われた。話は終わっていたようだ。

「…女の子避けに、なった?」
「うん。ありがとう」

どうやら、私の推測はあっていたらしい。求められていた役割を果たせていることにホッとした。
幸郎くんが女の子に好意を向けられている姿って心臓に良くない。なんか少しチクっとする。
どうしてだろう。理由がわからない。

「幸郎くんなんでついてくるの」

未だに幸郎くんがそばにいる理由がわからなくて横を歩く彼を見上げる。

「理由が必要?」

そう言って私を見る瞳はどこか熱を帯びていて、私は落ち着かない気持ちで「別にいいけど…」と特に乱れてもいない前髪を整えた。

苦手だけど、嫌いじゃない。好きかって言われたらちょっと迷ってしまう。そんな微妙な関係の"彼氏"。
チラッと幸郎くんを見るとまだあの熱を帯びた瞳で私を見ている。さっき、幸郎くんを見ていたあの子と似た瞳に胸がぎゅっと苦しくなる。

ねぇ幸郎くん。幸郎くんって私のこと、一体どう思ってるの?




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