一歩進む


昼神君とどこまでいったの。という質問に答える度に「大事にされてるね」と言われてきた。
それと同時に、いつもう一歩先へ進むの?とも。

今までは笑顔で曖昧にごまかしてきたけど、それは偽物の彼女の私とそれ以上進むことはないだろうなと思っていたからだ。だけど、幸郎くんと気持ちが通じ合った今「その先」へ進む可能性が生まれたわけで。本物の彼女になった私は幸郎くんとどうなりたいんだろう。

これまでの交際(そう呼んでいいのかわからないけれど)を思い返せば受け身でいることがほとんどだったし、友達の言うように私も積極的になったほうがいいのだろうか。いやでも、そんなことしようものなら「名前ちゃんそんなに欲求不満だったの?」と幸郎くんが笑顔でおちょくってくる気がする。偽物期間も含めて考えると半年と少し経った今は、恋バナ大好きの友達たちの言うように次へ進むタイミングとして申し分ないのかもしれない。

たしか、手を繋ぐようになったのは彼女役に就任して1週間程経った時だった。あまりの自然さに違和感を抱くこともなく、交際に真実味を持たせるためかなと一人納得して受け入れた。小さい頃よりずっと大きくなった幸郎くん手の平の大きさにびっくりしたし、私より太さのある指が私の狭い指の間に入ってきて少し痛かったのを覚えている。今となっては痛みを感じることもなくなったので、幸郎くんのサイズ感に慣らされたのだと思う。「名前ちゃん手がちいさくなったね」と目を細める幸郎くんになんだか恥ずかしくなって、「幸郎くんが大きくなったんだよ」と顔を背けた記憶がある。

キスをしたのは、2ヶ月経過した頃だったと思う。幸郎くんのお家で愛犬を愛でていた時に、友達に「昼神君とどこまでいったの」と聞かれて、手を繋いだと答えてしまったことを報告した。もしかしたら広まっちゃうかもごめんね、というと、幸郎くんは「ふぅん」と大して興味がないような返事で、私はなんだか拍子抜けしてしまった。
気にしてないならいっか、と愛犬をもふもふすることに戻ろうとした私の肩を、幸郎くんの大きな手が引き寄せる。あれ、と思った時にはもう、幸郎くんの顔が目の前にあった。目をぱちくりさせる私に幸郎くんは「なにその顔」と笑ってもう一度キスをした。そして、唇を離すと鼻先を触れ合わせたまま「これでキスもしたよって言えるね」と笑ったのだった。その時私は、同じように「ふぅん」と興味なさげな返事をした幸郎くんに泣くまでくすぐられた小学生の時を思い出してしまった。そうだった。こういう時程幸郎くんはろくでもないことを考えている。

「なんで…」

呆然とする私に「名前ちゃんは俺の彼女だろ」と幸郎くんはさも当然の様に言い放ったのだった。そこで、そういうもんなのかなと流される私も私なのだけど。

それ以上に進む雰囲気には、ブラウス引っぺがし事件以来なってはいない。なんとなくだけど、私の拒否っぷりを見て幸郎くん自身そういう雰囲気になるのを避けている気がする。あれは、のこのこ幸郎くんの部屋に入った私も悪かった。勉強という大前提があったからすっかり油断していたのだ。
あの日、先に課題を終えて手持無沙汰だった私は、私のクラスより授業が進んでいる幸郎くんのクラスの課題を横からのぞき込んでいた。だんだんその体制に疲れてきて、なんとなく幸郎くんの肩に顔をもたれさせる。小さいころ、こんな風に一緒に本を読んだことあるな、くらいの感覚だった。
幸郎くんは私がいるほうの肩に顔を傾けて愛犬にするみたいにぐりぐりと頬を押し付けてくる。それがくすぐったくて「くすぐったいよ」と言えば「えー?」と私の抗議が聞こえないふりをして体重をかけてきた。幸郎くんの体重を支えられるはずもなくそのまま二人して床に倒れてしまう。幸郎くんが覆い被さるようなその体制で、ハタと目が合えば自然と唇が重なった。するりと深くなったそれに、鼻にかかった甘えたような声が出て耳を塞ぎたくなってしまう。苦しくなって幸郎くんの胸を叩けば、ちゅっと濡れた音をたてて離れてくれた。
すっかり息が上がった私は幸郎くんに引きずりだされた舌をしまうのもわすれて、ぽやっと幸郎くんを見つめる。幸郎くんは眉間にしわを寄せてなんだか苦しそうな顔で私を見たかと思うと、首筋にぐりぐりと頭を押し付けた。それがまるで彼の愛犬のようで、私はつい「幸郎くんワンちゃんみたい」と笑ってしまう。それを聞いた幸郎くんはスッと身を起こすと「犬かどうか確かめてみる?」と私の唇に噛みついた。
驚く私を知ってか知らずか幸郎くんは頬に添えた手を首筋に滑らせる。下に向かって首筋をなぞられ腰のあたりから背骨を辿って上へゾワっと何かが駆け上がった。全身の生毛が逆立つ感覚。マズいと思った時には幸郎くんの手は私のブラウスのボタンを既にいくつか開けていた。

「幸郎くん!」
「名前ちゃん。声抑えて」

まるでグズる私をあやすように幸郎くんが声を落とすように言う。

「やだ!幸郎くんやだよぉ!」

幸郎くんは中学の時のような爛々とした目をしていて余計に怖くなった。首筋を這う唇に背筋がぞわぞわする。

「幸郎くん!!」

肩からズリ落ちそうなブラウスを掴みながら声を必死に張り上げた。そこへ階下から「ただいまー」と幸郎くんのお母さんが帰宅を告げたことでやっと私は解放されたのだった。
それ以来幸郎くんは、2人きりになっても接触を控えるようになった気がする。

あの時は怖かったけど、幸郎くんに恋をした今は幸郎くんに触れたいと思ってしまう。あの柔和な顔の奥の熱を知りたいと思うことはイケナイことだろうか。そうは思っても2人になる機会はなかなか無いし、幸郎くんもなんだかんだ忙しくて気がつくともう冬服を着る季節になっていた。

「名前ちゃんと一緒に帰るの久々だなぁ」
「そうだねぇ」

日が暮れ始めた街を2人歩く。
外気は鼻がツンとするくらいの気温で、鼻先をマフラーにギュッと埋めた。他愛もない話をしながらお互いの家に近づいたあたりでポツリと頬を濡らす感触、ん?と思ったや否やサーッと雨が降り始める。

「名前ちゃん。走るよ」

そういって私の手を引いて駆け出した幸郎くんについて行くと、私の家より近い場所にある幸郎くんの家に2人して駆け込むことになった。
「濡れちゃった」と苦笑いすれば「乾かしていきな」と幸郎くんも笑う。お邪魔しようとしたところで、昼神家の人気のなさに気がついた。

「幸郎くん。お母さんたちは?」
「あ……今日みんないないって言ってたっけ」

なんだか気まずそうな顔で、幸郎くんは「濡れたままは嫌だろうけど家まで送るよ」と傘を取った。私は幸郎くんの正面に立って「一緒にいたいな」と幸郎くんを見上げる。幸郎くんは、私を見下ろしながら「今日は姉ちゃんも居ないんだぞ」と私に言った。それが助けてくれる人は居ないんだぞ、と言う意味なのは理解できた。私は幸郎くんのシャツの裾を掴んで背伸びする。私の身長じゃ幸郎くんの唇にはとても届かなくて喉仏にキスするにとどまった。ちょっと恥ずかしい。でも、私のこと全部あげるよって気持ちは届いた気がする。

「…俺のこと怖いんだろ」

幸郎くんは眉間にシワを寄せて苦しそうな顔をした。「もう怖くないよ」と掴んだシャツの裾をより握り締める。

「幸郎くんに私を全部あげるよ」

貰ってくれる?と改めて口に出し熱を帯び始めた瞳を見つめると、幸郎くんは「名前ちゃんの頭のてっぺんからつま先まで、全部俺のものにするから後悔するなよ」と私を抱きしめた。
幸郎くんわかってる?私も幸郎くんを全部もらうんだよ。
それから先のことは「昼神くんとどこまでいったの?」と聞かれたって、誰にも教えてあげない。




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