友達の彼氏(モブ視点)


ぺらっと、ページがめくられる音がやけに大きく聞こえた。

それはきっと、私と彼の間に沈黙が落ちているからに他ならない。かといって談笑するような仲でもないから、どうしたものかと頭を捻る。正直、この沈黙はあまりに気まずい。
教室に残らずにさっさと帰ればよかったとすら思う。
いや、今帰ってもいいんだけど、それはそれでどこか負けたようで嫌というかなんというか。私は腹をくくって、彼に話しかけることにした。おそるおそる口を開く。

「あの、さ」
「ん?」

彼は普段から良く浮かべている人好きのする微笑みを浮かべて私を見た。

「…昼神くんって、名前のこといつから好きなの?」
「唐突だなぁ」

困ったように笑いながら、友達の彼氏である昼神幸郎くんは考えるように視線を上に向けた。

「名前ちゃんのこと好きなんだって自覚したのが中学の終わりでさ、多分それより前から好きだったんだとは思う」

読んでいた本に随分と可愛らしい色合いの栞を挟みながら、昼神くんは答える。

「自覚してすぐ告白しなかったんだ」

二人は高校二年生から交際を始めたから、彼の言うことが真実だとすると、恋の自覚から1年と少し時間が空いている。

「あー… 名前ちゃんあの頃俺とは距離を置いてたから、告白しても無理だってわかってたんだよね」
「そうなの?」

昼神くんは苦笑いで「あの頃は余裕がなくて、名前ちゃんは俺のピリついた雰囲気が怖かったんだと思う」と言った。

「へぇ〜、余裕の無い昼神くんって想像できない」

いつも冷静で穏やかな彼の余裕の無い姿なんて想像ができない。

「若かったからね〜」
「何言ってんの」

まるで老人のようなセリフに笑ってしまう。

「時間をかけて今に至ります」
「そっかぁ」

意外と苦労してるんだ、と名前の顔を思い浮かべる。
昼神くんといる時の嬉しそうな笑顔を想うと、無事に付き合えてよかったと思ってしまう。

「… 名前がさぁ、言ってたよ。昼神くんに名前の通り幸せだって思って欲しいって」

昼神くん愛されてるね、とからかい混じりに言えば「そうなんだ」とそっけない返事が返ってくる。
あれ、もう少し喜ぶと思った、と意外に思っていると、彼の口元が緩んでいるのに気が付いた。
あぁ、嬉しいんだ。と少し微笑んでしまう。

「あと最近気がついたんだけど」
「なに?」
「昼神くんって爽やかな好青年じゃないよね」
「え〜、俺爽やかな好青年だけど」
「自分で言ったらそれはもう嘘じゃん」
「あはは」

軽い調子で笑う昼神くんは本当に、自分を爽やかな好青年とは思っていないようだった。

「ちなみに、何でそう思ったの?」
「名前への態度」
「あぁなるほど」
「女子生徒からの昼神くんへの評価って“優しい“が多いけど、名前には優しくないよね」
「優しくないわけじゃないんだけど」
「意地悪の割合多くない?」
「好きな子っていじめたいだろ」
「はっきり言っちゃった」

呆れたような声を出した私に特に後ろめたい様子も反省しているような様子も見せない昼神くんは、”爽やか“と評される笑顔で「名前ちゃんだけだからさ、俺をひどいやつにするの」とのたもうた。

「ひゃー…熱烈」
「好きな子って特別だろ」
「…なんかもう胸焼けしそう」
「女子って恋バナ好きなんじゃないの?俺もっと話すけど」
「もういいわ…」

うげぇ、とわざとうんざりした顔を作っていると、「おまたせっ!」と名前が教室に飛び込んできた。
髪の乱れ具合から走ってきたことが見て取れる。

「あ、2人ともいた」

よかったぁとホッとした様子で名前はこちらへ歩いてきた。
昼神くんはスッと立ち上がって名前の髪を整える。

「名前ちゃん髪ぼさぼさ」
「え、ほんと?」

大人しくされるがままの様子は、見ていて微笑ましい。

「私帰るね」

そう言って立ち上がると、名前は「また明日ね」と手を振った。それに手を振り返して、邪魔者は退散とばかりに教室を出る。
少し進んだところで、ハタと名前に伝え忘れていたことがあったのを思い出した。
踵を返して教室をのぞくと、昼神くんが彼女の顔をその大きな手で包み込むようにして名前にキスしていた。思わず驚きでフリーズする。
名前は「ん゛――!」と言いながら放してと訴えるように昼神くんの手をぺしぺし叩いている。
唇を離した昼神くんの視線が私を捉えた。そして、名前の顔を自分の胸に押し付けるように抱きしめて反対の手で微笑みながらシーッと人差し指を立てた。
私は脱兎のごとくその場から駆け出す。
階段を駆け下りながら、名前は付き合う相手を考え直したほうが良いのではと本気で心配になってしまった。




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