セロトニン(大学生)


「寒くなってくるとちょっと悲しい気持ちになるよね」

そんなことを口にしたのは、特にこれと言った理由もなく、本当になんとなくだった。
幸郎くんは小難しそうな本に向けていた視線を私に移し、「セロトニン不足だよ」と告げる。

「せろ…ん?」
「セロトニン」

パタン、と本を閉じた幸郎くんは、そのまま本を脇に置く。そして私の方に身体を少し向けた。ギシっとソファーが軋む。

「冬が近づくと日照時間が短くなるからセロトニン不足になりがちなんだよ。特に女性は体内で生成できるセロトニンが男性より少なくて、冬場は季節性のうつ、あ、冬季うつって呼ぶことが多いけど、その状態になる人が少なくないんだよね」
「う、うん」
「解決法は、日光を浴びることや、適度な運動って言われてる。セロトニンは幸せホルモンって呼ばれるから、親しい人と触れ合うのもセロトニンを増やすのに効果的らしいよ」
「そう、なんだ」

一気にたくさんの情報を与えられて、私は頭の中がグルグルするような心地に襲われていた。
正直に言えば、そういうことを知りたかったわけではなく、わたしはただ幸郎くんに構って欲しかっただけだった。折角二人でいるんだからちょっとくらい私の相手してくれたっていいと思う。

「そんなことが知りたいわけじゃないって感じ?」
「え、」

幸郎くんの指摘にドキッとした。

「ごめん、わざとああいう話をしちゃった」

悪戯っぽい顔で笑う幸郎くんは、私の手を取って親指で手の甲を撫でる。

「なんで?」
「ん、意地悪」
「も〜」
「ごめんね」

幸郎くんは私を引き寄せてぎゅっと抱きしめた。

「今日目を通しておかなきゃいけないところは終わったから」

今からは名前ちゃんの時間、と幸郎くんは囁く。

「…いっぱい甘やかして」
「任せて。あ、運動と親しい人との触れ合いが同時にできることあるけどどう?」
「そうなの?」
「耳貸して」

内緒話をするように幸郎くんが耳に顔を寄せる。
そして囁かれた単語に私は顔を真っ赤にして幸郎くんから距離を取った。

「あ、めちゃくちゃ警戒した」
「だ、だってぇ」
「一石二鳥だと思ったんだけど」
「それは…そうなのかもしれないけど」
「名前ちゃん」

じりじりと幸郎くんが近づいてくる。

「わっ」

逃げることもできずに私はソファーに倒された。

「名前ちゃんのこと甘やかしたい」

お願い、と熱を帯びた瞳でそう囁かれると、私は「ダメ」なんて言えなくなってしまう。
コクリと無言でうなずいた私に幸郎くんは「この服良いね」と私の服を褒めた。
突然どうしたんだろうと思いつつも、褒められる気分は悪くない。そんな私に幸郎くんはにっこり笑う。

「脱がせやすくてほんと助かる」
「えっ、あ、わぁ!」

そっち!?と悲鳴を上げる間もなく私はさっさと衣服をその辺に放り投げられてしまった。
その後私が無事セロトニンを増やすことに成功したかどうかについては、その、まあそれなりに、とだけお伝えさせてください。





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