予約(大学生)


「…っ!」

痛みに息を呑んだ私の小さな悲鳴を、幸郎くんは聞き逃さなかった。

「どうした名前ちゃん」

サッと私の隣に移動した幸郎くんが一緒になって私の手の平を覗き込む。薬指の付け根あたり、手の平側に走った赤い線。雑誌をめくる際に、不運にも紙で切ってしまった傷口からぷっくりと血が滲み出た。

「あちゃあ」

しっかり切れてるね、と幸郎くんが立ち上がる。

「絆創膏取ってくるよ」

部屋を出て行った幸郎くんを見送って、私は幸郎くんのお部屋に独りぼっちになった。ちょっぴり心細くなる。じくじくと痛む傷のせいかもしれない。
傷口が気になってちゅうと吸い付いた。血の味が口に広がる。鉄っぽい味で、当たり前だけど美味しくない。

「絆創膏持ってきたよ〜」

あれ、傷口舐めちゃってる。そう言いながら、幸郎くんは私の隣に座った。

「手貸して」
「はい」
「素直でよろしい」
「いったぁ、痛いよぉ…」
「消毒はしないと」

早く治したいだろ、と幸郎くんは容赦なく傷口に消毒液をかける。

「はい、絆創膏貼るよ」
「自分でするから」
「いいから手出して」
「…はい」

幸郎くんの圧に負けて素直に左手を差し出す。
傷口にペタッと絆創膏が貼られる。そしてくるっと指を一周するように巻きつけられた。

「はい、完成」

幸郎くんはゴミ箱に絆創膏のゴミを入れるために背を向ける。私は、左手の薬指、その付け根に巻かれた絆創膏を見て、カッと頬が熱くなるのを感じていた。
だって、なんか、指輪みたいなんだもん。
絆創膏で何言ってるんだって思われるかもしれないけれど、他ならぬ幸郎くんが貼ってくれた特別感がそう思わせてしまうのだ。貼ってもらう間も、意識してしまってドキドキが止まらなかった。

「名前ちゃん?」
「えっ」
「どうかした?」
「う、ううん。課題の邪魔してごめんね」

慌てて首を横に振って、読んでいた雑誌をめくるのに集中する。
今日は大学の課題をしてる幸郎くんを待っているだけだから、邪魔しないようにしないと。流行のメイクのページを見ていても、やっぱり左手の薬指が気になってしまう。手を顔の前に掲げて見つめていると、「名前ちゃん?」と幸郎くんが私を呼んだ。

「はいっ」

思わずパッと左手を背中に隠す。悪いことしてるみたいだ。

「…なんで隠したの」
「べ、別に何でもないよ」
「嘘だろ」

蛇に睨まれた蛙みたいに、緊張して二の句が継げない。
幸郎くんは見た目は穏やかな大型犬ぽいけど中身は割と蛇っぽいところがある。気がついたときは巻き付かれていて逃げられない。

「出血酷くなったとかじゃないよね?見せて」

そう言って幸郎くんが立ち上がる。真剣に心配してくれてる幸郎くんに、“薬指の絆創膏が指輪みたいでどきどきした”なんて知られたくなくてこちらへ向かってくる幸郎くんから逃げるように、持ってきた雑誌をその場に放って四つん這いで部屋の出口を目指した。

「こら」
「や〜っ!」

だけどリーチの長い幸郎くんに直ぐ捕まって上から圧し掛かられる。80kgオーバーに乗られると重くて動けない。

「重たいよ〜」
「じゃあ手見せて」
「やだぁ」
「なんでそんなに嫌がるんだよ」

少し焦れた様子の幸郎くんが、私の手を掴んで絆創膏が貼られた場所をまじまじと見る。

「…別に変ったところはないね」
「だから言ったのに」

よし、気づかれてない。と手を引っ込めようとした時、「あ、」と幸郎くんが声を上げる。

「左手の薬指だ」
「えっ」
「そういうことか〜」

スリッと優しい力で左手の薬指に巻かれた絆創膏を撫でられる。

「名前ちゃん左手の薬指だからジッと見てたんだ」

指輪みたいだもんな〜と幸郎くんは楽しそうに言う。バレてしまった事実が恥ずかしくてたまらない私は、ジタバタと幸郎くんの下から逃げ出そうとするけれど、全然どうにもならない。

「指輪みたいで嬉しかったんだ?」
「ち、ちが、」
「嘘つきはこうしてやる〜」

否定しようとした私を、幸郎くんは上から抱きしめる。

「苦しいよ」
「名前ちゃんが可愛いことするからだよ」
「なにそれぇ」
「わかんなくていいって」

幸郎くんが上から退いて私の横に転がった。なんで二人して床に転がってるんだろう。私を抱き寄せた幸郎くんがちゅっと、可愛い音を立ててキスをする。そして左手の薬指に優しく触れながらにっこりと笑った。

「とりあえず今日のは予約ってことで」





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