体育祭


天高く馬肥ゆる秋。秋の学校行事のひとつ、体育祭がやってきた。
高校の体育祭ともなれば保護者はほとんど見に来ない。運動は苦手だけど、学生のみでワイワイやる空気感は好きだった。
クラスが違う幸郎くんとは別のブロックになったからちょっと残念だけど、彼が出る競技を見るのを楽しみにしている。私が運動に向かないことは日頃の体育でクラスメイトにはバレているので、私が出る競技は少ない。ダンスと、男女二人三脚の二つ。一方、幸郎くんは運動神経の良さを買われて色々と競技に出る予定らしく、最近は部活以外でも忙しそうにしていた。応援合戦に星海くんと出るらしいので写真を撮りたいなぁと思っている。

「そういえば名前、ハチマキ交換したの?」
「ううん。してないよ」
「してないの!?」

私の答えに友達は心底驚いた顔をした。そんなに驚かなくたっていいと思う。体育祭で使用するハチマキは学年ごとに色が決まっていて、全員ハチマキの端に名字を記入するよう義務付けられている。同学年同士のカップルはお互いのハチマキを交換するのが定番だった。私もちょっとだけ期待したけれど、照れくささが邪魔して言い出せず仕舞いだ。心残りだけど仕方ない。彼氏と交換した、と嬉しそうな子をいいなぁと眺めることしか出来なかった。
迎えた体育祭当日は快晴で、友達と一緒に水筒と日焼け止めを携えてグラウンドへと向かう。その途中で「名前ちゃん」と呼び止められた。

「おはよう幸郎くん」
「うん、おはよう」

制服と違い体操着だと体格の良さがはっきりわかる。幸郎くんまた少しがっちりした気がするなぁ。

「どうかした?」
「ちょっとね、忘れ物があったんでね」
「忘れ物?」

幸郎くんが私に歩み寄ったかと思うとしゅるりとヘアバンドみたいに頭に結んでいた私のハチマキを解く。そして、首にかけていた自分のハチマキを私の首にかけた。

「じゃあ頑張って」
「う、うん」

私のハチマキを手に持った幸郎くんはあっと言う間に去ってしまう。ぽかん、とする私を「ちょっと、朝から見せつけないでよ〜!」と友達が肘で小突く。首にかかったハチマキの「昼神」の文字に口元が緩んでしまった。

「名前ってばにやけてる」
「にやけてないよ」
「またまた〜昼神くんのハチマキ嬉しい癖に」
「それは、そうでしょ…」

嬉しいに決まってるじゃん。とハチマキに触れると、友達は「貸して可愛く結んであげる」とにやにや顔でセットしてくれる。体育祭、なんだか頑張れる気がした。
体育祭序盤、体育祭の中でも盛り上がる競技である借りもの競争が始まった。お題に沿う物が手に入らないままの第1走者と第2走者の残り数人が未だうろうろする中、第3走者として幸郎くんがスタート位置に着くのが見える。空を裂くピストルの音に合わせて第3走者が一斉に走り出した。途中でお題の紙を確認した幸郎くんは何故かそのまま何も借りずにゴールへと走る。
みんながざわつく中、彼は巻いていたハチマキを取って係の子に見せていた。それを確認した係の子がマイクを取る。
『え〜昼神先輩のお題は「女子のハチマキ」でした。間違いなく女子のハチマキでしたので1着です』
わぁ!と会場全体が盛り上がる。そのほとんどは「彼女と交換してたのかよ〜!」みたいな冷やかしの声だったけど、盛り上がったことには違いない。横から友達が「交換してて良かったね」と囁いてきた。それに小さく頷いて、一着に「よっしゃ〜」という顔をしている幸郎くんに小さく手を振った。それに反応してか幸郎くんがニヤッと笑う。あの人私の彼氏なんだよってみんなに言って回りたい気分だった。

「苗字、そろそろ行こう」
「うん!」

二人三脚は今年だけ何故だか男女混合で行うことになっていた。いわく、速さを平等にするためらしいけど、本当に平等になるのか疑わしい。
私のペアになったのは陸上部の男子で、今日まで親切にへっぴり腰の私に付き合って練習してくれた。今日は何とかその恩に報いたいと思う。お互いの足を結んで肩を組む。スタート地点でドキドキしていると、彼が急に「怖…」と呟いた。どうかしたのかと尋ねたかったけど係の子にスタートの準備をするように促されたので叶わずじまいだった。

「やった!!!」

健闘の結果2位を勝ち取った私はご機嫌で彼にハイタッチを求める。

「おつかれ!」

爽やかにハイタッチを返した彼は、すぐに足の紐を解きながらほっとしたみたいに「昼神に視線で殺されるかと思ったわ…」とこぼした。

「え?」
「いやさ、スタート地点で苗字と肩組んだらもう殺気がすごいのなんのって」

普段にこやかな奴の真顔マジ怖い、と震えてみせる彼に「ごめんね…」と顔を赤くして謝った。幸郎くんの応援席の方向怖くて見られない。
二人三脚で午前の競技は終わり、友達とお昼を食べるため教室へと引き上げる。
だいぶ砂ぼこりを浴びたせいか、髪がキシキシしていた。お弁当を食べつつ暑いだの日焼けするだの話していると、廊下が騒がしいことに気付いた。

「なんだろう?」
「見てみよっか」

そう言って立ち上がる友達に続いて廊下に出る。廊下に出ると、賑やかな理由はすぐに分かった。応援団の学ランを着た男子たちがちらほら見える。なるほど、みんな記念に写真を撮ったりしてるから騒がしかったのか。

「おっ、昼神くんいるじゃん」
「え?」
「ほらあっち」

友達の指差す方を見ると、応援団の学ランに袖を通した幸郎くんが同じクラスの女子たちと写真を撮っていた。その隣には星海くんもいる。

「ちょっと名前、顔」
「なに?」
「そんな不満そうな顔するくらいなら『私の幸郎くんに近寄らないで!』って言っておいでよ」
「そんなの…」

無理だよ、と俯く私に、彼女は「も〜おいで!」としびれを切らしたように腕を引いた。

「ちょ、なにを」

廊下をずんずん進む友達に引きずられて幸郎くんに近寄っていく。

「おーい昼神くん!」
「あれ、どうしたの」
「私の可愛い名前とも写真撮ってくれない?」
「よろこんで」

にっこりと笑った幸郎くんが私の隣に立つ。

「ほら寄って寄って〜」

携帯で友達がパシャパシャと写真を撮ってくれる。恥ずかしさで上手く笑えていない気がしたけどすごく嬉しかった。後でいっぱいお礼を言おう。

「あの、幸郎くんありがとう」
「いーえ。あ、そうだ。この可愛い子借りてもいい?」
「どうぞどうぞ。10分500円です」
「あはは、じゃあ出世払いで」
「まいどあり」
「え、え!?」
「幸郎、集合時間送れんなよ」
「わかってる」

友達に秒速で売られた私は、星海くんに見送られつつ幸郎くんと廊下から移動する。幸郎くんのクラスの女子がすれ違いざまに何とも言えない顔でこちらを見ていた。

「幸郎くん」
「ん?」
「その服かっこいいね」
「ありがとう」

空き教室で向き合った幸郎くんに似合っていると告げると、彼は嬉しそうにお礼を言った。

「あの、写真撮ってもいい?」
「どうぞ」

許可をもらって幸郎くんの写真を何枚かとる。幸郎くんがわざと動くから何枚かはブレてしまった。そして「名前ちゃんって写真撮るの下手だな〜」と笑う彼と、誰にも邪魔されず頬を寄せ合って二人の写真を撮った。今度は私も緊張せずに笑うことができてほっとする。
おもむろに、幸郎くんがスッと手を私の首の後ろに伸ばした。なんだろう、と思った次の瞬間にはハチマキが解かれていた。あれ、なんかデジャブ。

「幸郎くん、どうし、わ、」
「じっとして」

幸郎くんは解いたハチマキを私の首に巻く。ひんやりしたハチマキが首周りを撫でて、首を絞められる!?とパニックを起こしかけた。

「できた」

幸郎くんが満足そうににっこり笑う。

「はい、こっちむいて」

そして、間髪入れずカシャッとシャッター音がした。頭に大きな?を浮かべる私に、彼が携帯の画面を見せる。そこにはハチマキを首にリボン結びされた私が困惑顔で写っていた。ハチマキに書かれた昼神の文字もしっかり写っている。

「二人三脚、ちょっと面白くなかったんだよね〜」

これでチャラにしてあげると幸郎くんは笑顔で言った。いったいこれでどう満足したのかわからないけれど、機嫌が直ったならいいやと思った瞬間、またしゅるりとハチマキが解かれる。ハチマキも解かれたり結ばれたりと忙しい。幸郎くんがおもむろに顔を近づけたので反射で目を閉じる。だけど想像した感触が全然しない。薄く目を開けると、幸郎くんがにっこり嬉しそうな顔でこちらを見ていた。

「キスされると思った?」

なんで意地悪するんだろう。楽しそうな様子の幸郎くんが憎たらしい。

「学校でするの嫌がるだろ」

確かに、学校では嫌だと度々意思表示してきた。それを言われたら「キスして欲しい」なんて言えない。

「…そろそろ集合じゃないの?」
「うん」

行こうか、と促され空き教室の扉に手をかける。するとその手に、後ろから幸郎くんの手が重なった。

「どうし、ん゛?!」

なんだろう、と振り向いたところで待ち構えていたかのように唇を奪われる。

「しないとは言ってないよ」
「〜〜っ」

ニヤッと意地悪く笑う幸郎くんに、やられた!という気持ちでいっぱいだった。

「応援団がんばってね」
「うん」

まかせて、と爽やかに告げて幸郎くんは集合場所へ向かっていった。
教室に戻るとにやにやした友達が私を迎える。

「イチャイチャできた?」
「っ、…してない」
「はい嘘〜」

ハチマキ取れちゃうようなことしたんでしょ、と言われ思わずハッと手に握りしめていたハチマキを見た。
友達は苦笑いして「ホラ貸して」とハチマキを取った。そしてまたヘアバンドみたいに付けてくれながら「昼神くんを爽やかな好青年だと思っていた時期が私にもありました…」と呟いた。

「今はもう、それだけじゃないって名前を通してわかっちゃったからなぁ」

相手するの大変だろうけど、無理しないでよね。と背中をパン!と叩かれた。

「ありがとう」
「いーえ!よし、グラウンド行こっか」
「うん」

ちょうど良い頃合いだったので、再びグラウンドへ向かう。午後最初のプログラムである応援合戦の準備でばたばたしているようだった。
その内、午後のプログラム開始のアナウンスが入り、私のブロックから応援合戦が始まった。私のブロックは応援団でなくチアにしたらしく女子たちが可愛いダンスを繰り広げる。男子がたちがざわざわと色めき立っていた。次のブロックはコメディ路線の演目内容で会場はドッと湧いていた。構成もちゃんとしてたし、よくできてたなぁと感心してしまう。そして、最後真打登場と言わんばかりにthe応援団ルックの星海くんが現れる。もちろん幸郎くんも。今度は女子がきゃあきゃあと色めき立つ。部活の合間を縫って練習したんだろう。真剣な表情で演目をこなす二人はすごく格好良かった。どこからか誰かの「昼神くんかっこいいね」という話声が聞こえて、わかるわかる。と頷いてしまった。
午後は1つしか競技に出ないのでのんびりと幸郎くんの騎馬戦なんかをこっそり応援しながら(だってブロック別だし)過ごしていた。そうこうしている内にダンスにでる女子は集合場所に集まるようアナウンスが聞こえる。友達はダンスに出ないので「いってくるね」と立ち上がり急いで集合場所へ向かった。
女子のダンスはk-popを真似た少しセクシーな振付けのダンスで、私はとっても可愛いと思うんだけどフォーメーション移動の時に見えた応援席の幸郎くんは微妙な顔をしていた。なにか思うところがあるらしい。
ダンスが終わって応援席に戻ろうとしたら「名前ちゃん」と腕を掴まれた。

「幸郎くん?」

どうやらリレー競技に出るため移動していたようだ。

「ダンス見てくれた?」
「うん。あれ流行ってるやつだろ。可愛いんだけどさぁ〜」
「ダメだった?」
「…ダメじゃないけど、他の奴に見て欲しくない」

拗ねたような顔でそんなことを言う幸郎くんはとても珍しくて、私は思わずパチパチと大きく瞬きしてしまう。

「私も幸郎くんだけに見もらえたら充分」
「うん」

私の答えには満足してもらえたらしい。じゃあね、と集合場所へ走っていく背中をしばらく見ていた。ほんとは追いかけて抱き着きたい気持ちだったけど人目があるしぐっと堪えた。

「おっ、来た来た。ダンスお疲れ」
「ありがと」
「そろそろリレー始まるよ」

その言葉に、自分の場所に腰を落ち着ける。ブロック対抗リレーは、体育祭のラストを飾る競技だ。
スタートのピストルが鳴ると同時に各ブロックから二人ずつ、計六人が一斉に走り出す。幸郎くんは第二走者だから、すぐ彼にバトンが渡った。2人抜いて2位に躍り出た幸郎くんに歓声が沸く。そのままバトンは次の走者へと渡された。結果として幸郎くんたちは3位だった。それでも、私にとっては彼が一番かっこよく見えて、そのことを早く伝えたい気持ちになる。
表彰と閉会式を終えて、ぞろぞろと教室へ引き上げる。疲れたね、なんて言いながら体操服を脱いで制服へと着替えた。早く帰って寝たいな、と教室を出ると「名前ちゃん」と幸郎くんが廊下に立っていた。私を待っていたらしい。

「あれ、部活は?」
「今日は流石にしないって」

皆ぐったりだろうし、と幸郎くんは笑う。確かに、白馬くんなんて目に見えて疲れた顔してたなぁ。

「帰ろう」
「うん」

一緒に昇降口で下履きに履き替えて校門へと歩く。校門を出て少しして、どちらともなく手を握った。

「名前ちゃんのブロック優勝して良かったね」
「うん。幸郎くんも最後のリレー1番かっこよかった」
「ありがとう。贔屓目だとしても嬉しいよ」
「…そりゃ贔屓するよ」
「なんか言ってる」
「も〜」

そうやって体育祭の話をしている内に、幸郎くんのお家に着いた。

「じゃあね」
「待って名前ちゃん」

そこで別れて、まだもう少し先の自宅へ向かおうとした私を「ちょっと寄って行って」と幸郎くんが引きとめる。

「いいけど…」

なんだろう、と素直にお家に入る。中はシンとしていて、みんなお出掛けしてるのかな、なんて思った。ガチャっと玄関が施錠される音がする。そして、すぐに幸郎くんが私の肩を掴んでクルリと自分の方へ向けた。

「わ、え、んん」

私が言葉を紡ぐより先に唇が重なる。びっくりしたけど、抵抗する理由も無かったから大人しく目を閉じた。

「…家に来たらこうされるって思わなかったの」
「考えてなかった」

唇を離してニヤッと笑う幸郎くんは楽しそうで、私の頬に手を添えて親指で唇をふにふにと押す。
もう一度距離がゼロになりそうになった時「ワン!」と元気な声がした。いつの間にそばに来たのだろう、コタロウちゃんがおすわりをして尻尾をぱたぱたさせていた。
思わず顔を見合わせて笑った私たちは、さっそくコタロウちゃんをもふもふしにかかったのだった。





back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -