ざりざりと靴底が地面を踏みしめる音が響く。二人の間には沈黙が横たわっていた。
ついさっき見たばかりの光景に閉口せざるを得なかった彼らは、ただ無心に体育館へ向かっている。
「なぁ、」
無言に耐えかねたように、白馬が口火を切る。
「あいつらって、いつもあんな感じなのか?」
「…いつもってわけじゃねえけど。まぁ割と」
口の中に砂利でも入ったかのような微妙な表情で星海が答えた。
「そっか…」
どこか救いを求めるように、白馬が空を見上げる。
「…俺さ、前にあいつらがガッツリキスしてるとこ、見た」
「おま、嘘だろ!?」
白馬がまるで死地を潜り抜けた勇者を見るかのような尊敬と驚きの混ざったまなざしを向ける。
「マジ。はぁ〜、勘弁してほしいぜ」
苗字も死にそうな顔してたし、と星海も空を見上げた。
ガチャ、と部室の扉を開けると、着替え途中の部員たちが白馬と星海を迎え入れる。
「おー、どうしたお前ら、お通夜みたいな顔して」
何の気なしに尋ねる野沢に、白馬が素直に答える。
「幸郎が…」
「ばっ、おま」
「幸郎?どうかしたのか」
星海が止めに入るも、すでにみんなお通夜の空気を背負っている理由を聞く態勢に入っているようだった。
「その、俺と光来と幸郎で部活行こうぜって歩いてたんですけど、ちょうど幸郎の彼女のクラスの前通ったら廊下側の席で女子3人くらいでお菓子食ってて。そしたら幸郎が『先行ってて』っつって苗字に話しかけたんす」
一旦話を区切った白馬がちらっと星海を見る。星海は首を横に振った。自分で最後まで話せ、と言うように。
「光来に行くぞって言われたけど、俺ちょっと気になって見ちゃって、そしたらッ、苗字も幸郎に自分で食わせりゃいいのに、なんか知らねーけど、お菓子あーんって口に入れてやってて…、そんで自販機行くって苗字が教室出たんですけど幸郎も方向一緒だからって付いてって、そんで苗字が幸郎のシャツ掴んだら幸郎のやつ『こっち』って手を…繋いで…」
泣き出すのではないかという悲壮感を漂わせ始めた白馬は、そこで口をつぐんだ。
「あー…カップルの空気にあてられたわけな」
野沢が察したようにそれはキツイと頷く。
「まあまあ、仲良きことは美しきかなっていうし」
その場の空気をなだめるように諏訪が言った。
「俺、幸郎の彼女見たことないんだけど可愛いの?」
野沢の質問に白馬がうーんと首を捻った。
「好みの問題なんで答えるの難しいっすね…」
「そっか。光来、中学の同級生なんだっけか?」
「はい」
星海が頷く。
「幸郎たちは小学校から一緒らしいっス」
「へぇ〜昔から仲いいんだな」
「いや、中学んとき、苗字はどっちかってーと幸郎のこと避けてましたね」
思い出すように斜め上に視線を動かしながら星海が言った。
「そうなのか?」
以外そうに白馬が星海を見た。
「あぁ。なんかちょっと怖がってるっていうか」
「何したんだアイツ」
「さぁ」
「あの、」
おずおずと別所が話に入ってくる。意外な様子を隠しもせず、野沢が話を促す。
「お、どうした千源」
「その彼女って書道部の人ですか?」
「確かそうだったぞ」
それがどうかしたのか、と不思議そうにみんなが別所を見た。
「俺、この間同じクラスの書道部の奴に頼まれて、書道パフォーマンス?に使う道具一緒に運んでたんです。部室の前に置いといたらいいからって。文系の部室ってなんか変な窓じゃないですか、ほら、上の方だけ普通の窓でほとんどすりガラスみたいな。だから、俺だけ中が見えたんですよ。一緒にいた奴、背が高くなくて。そしたら、中に昼神さんと女子がいるのが見えて、女子の方はあのパフォーマンスの時の袴姿だったんです。なんか話してるなーって思ったら昼神さん急にあの襟の合わせ目みたいなところ掴んで、ガッと開いてて、中はTシャツ着てたんですけど、なんだTシャツ着てるのかーみたいな感じの反応で、女子の方は顔真っ赤にしてなんか言ってたんですけど、昼神さんキスして物理的に黙らせてました…」
「千源…、辛かったな…」
野沢が優しく別所の肩を叩いた。先輩のそんなシーン見たくはなかっただろう。
「俺もいちゃついてるの見たってわけじゃないけどさ」
それまで沈黙を守っていた上林がすっと一歩前に出た。
「この前幸郎に『うちの名前ちゃんが上林先輩って格好良いねって褒めてたんですよね』って言われた。リアクション困るし、“うちの名前ちゃん”って言い方がさ…」
全員に沈黙が落ちる。そこへガチャっと扉が開き、渦中の昼神が現れる。
「あれ、こんな入り口でなにやってんの」
不思議そうに白馬と星海を見る昼神の口の端に、淡いピンク色のなごりを見とめた。確か女子の間で色付きのリップが流行っていたな、と全員の頭に同じ考えが浮かぶ。星海の眉間にキュッとしわが寄った。
「ほんっと!なんなんだよお前ら!」
星海の叫びはその場にいた昼神以外の人間の総意であったに違いない。
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