夏祭り


近づくほどに大きくなっていく祭囃子に誘われるように、カコカコと忙しなく下駄を鳴らし歩く。
とっぷり日が暮れてもまだ蒸し暑くて、夏の宵を感じさせた。その熱気にあてられるようにたくさんの人が神社の境内に集まっていく。提灯で彩られ爛々と照らされた境内はどこか異界じみていて、鳥居をくぐる瞬間に不思議な高揚感があった。
駅からほど近い立地のためか、この神社で行われる夏祭りは毎年盛況で規模もそこそこ大きかった。

「ねぇどこからまわる?」

友達はきょろきょろと忙しなく視線を動かしてどの出店に行くべきか品定めしているようだ。

「焼きそば食べたいな」
「名前ったら食い気優先?」

でも私も食べたい、と軽口を交わしながら弾むように下駄を鳴らす。普段袖を通さない浴衣を着ているせいか、それともお祭りという独特の雰囲気のせいか、はたまた両方か、お互い普段よりもはしゃいでいた。
カラコロと笑い声にも似た下駄の音がそこかしこから聞こえる。夏だけ聞こえる季節の音。


「そういえば、昼神くんと来なくて良かったの?」

友達はたこ焼きをふーッと冷ましながら、思い出したように聞く。

「うん。今日も部活で遅いんだって」

夏の時期は部活が忙しいシーズンで、子供の頃から夏の幸郎くんは多忙だ。もうそれはそういうものとして受け止めているから特に不満は無い。こう、6月あたりに梅雨が来る、みたいなその時期の事象としてとらえていた。

「せっかく浴衣着てるから見て欲しいよね」
「…うん。そうだね」
「写真撮ってあげるから、送っちゃいなよ」
「えぇ、いいよ」

それはちょっと恥ずかしいな、と首を横に振る。友達はそっか、と少し残念そうにたこ焼きを頬張った。
母が若い頃に着ていたという浴衣は今風というよりは、どの時代にも着れるようなデザインだった。白地に咲く朱色の花が良く言えばシンプル悪く言えば地味で、気に入ってはいるけれど、ちょっとだけ友達の浴衣の今っぽいデザインが羨ましかった。
焼きそばにはし巻きを平らげ、ヨーヨー釣りに勤しんでいる内に、夕暮れの気配を纏っていた空はもうすっかり深い瑠璃に染まり、いくつかの一等星が光り始めていた。冷たくなり始めた風に、少し心細くなる。
幸郎くんに会いたいな。

「わっ!」
「おわっ」

人混みで上手く避けきれなくて前から歩いてきた人にぶつかってしまう。慌てて謝ろうと顔を上げると、見たことのある顔がこちらを見下ろしていた。

「あれ、幸郎の…」
「白馬くん?」

ジャージ姿の白馬くんが焼きそばのパック片手にきょとんとしている。

「そうだ、幸郎いるぞ。おーい!幸郎!」

白馬くんは首を後ろに捻って背後にいる誰かを呼ぶ。

「急に大声出してなんだよ」

呼びかけに応えて、ひょこっと白馬くんの後ろから今まさに会いたいと思っていた顔が現れる。

「あ、名前ちゃん」
「幸郎くん?」

どうしてここに、と目を丸くする私に気づいてか「今日思ったより早く戻ってこれたんだ〜」と言う。それで、みんなで出店を冷やかそうという話になったらしい。

「ごめん、名前ちゃん借りてもいい?」

幸郎くんが一緒にいた友達に尋ねる。
彼女は「どうぞどうぞ返さなくていいよ」とあっさり私を譲った。幸郎くんが白馬くんと少し何か話をして私の元にやってくる。友達と白馬くんに手を振って、お互い人混みに紛れる。白馬くんの頭が出てるからどこにいるかは目星がついた。大きいってこういう時便利。
なんでも、白馬くんが友達に付き添ってくれて帰りも送ってくれるらしい。大きいせいでちょっと怖いかもって思うけど白馬くんって実は優しいのかも。
部活帰りらしくジャージ姿の幸郎くんに手を引かれて、雑踏から少し離れた境内の池の横にあるベンチに座った。ぱちゃ、と池から鯉が泳ぐ音がする。

「もしかしたら会えるかも、とは思ったけど本当にいてびっくりした」
「私もだよ」

焼きそば食べていい?という幸郎くんに、どうぞと促す。いっぱい運動して腹ペコに違いない。
パックにぱんぱんに詰められていた焼きそばはあっという間に消えていく。見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。私は持っていたりんご飴のビニールを外して、りんごを包む飴をガリっとかじる。りんご飴の飴部分ってなんでこんなに強靭なんだろう。前歯が負けそう。

「浴衣、可愛いね」
「へ、」

いつのまにか食べ終わった幸郎くんが、ふとそんなことをこぼした。びっくりしてキョトンと横を見る。薄暗い神社の中、提灯の淡い光が幸郎くんを照らす。その瞳が夏の宵の熱気にあてられてかやけに熱っぽく見えた。

「似合ってる」
「…ありがとう」

カリッと飴をかじりながら下駄のつま先を見る。ストレートに褒められるって照れてしまう。浴衣が地味だってことも途端に気にならなくなるから現金だ。

「こういうデートらしいこと、なかなかできなくてごめん」
「不満に思ったことないから大丈夫」

幸郎くんが、大事にしてくれてるのわかってるから。とまた飴をかじる。

「ほんっと、名前ちゃんには敵わないな〜」

全く思ってなさそうなことを言いながら、幸郎くんが空を見上げる。そして、ふと私の方を見た。ベンチに置いていたりんご飴を持ってない方の手に幸郎くんの手が重なる。そしてどちらともなく顔を寄せた。
いつもより少し長めのキス。
ありがとう、とか好きだよ、とか気持ちのこもったキスだってなんとなくわかった。

「ふふ、甘い」
「りんご飴食べてたから」
「だね」

祭囃子と浴衣とりんご飴。そして横には幸郎くん。そっと幸郎くんの肩に頭を寄せると、ぽんぽんと、手の平が優しく頭に触れる。
胸がきゅうっと苦しくなって、だけどすごく幸せで、このまま時間が止まっちゃえばいいのになんて絶対に叶わないようなことを願ってしまった。




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