進路の話


「進路は決まったの?」と幸郎くんに聞かれた時、私は「女子高に行こうと思ってる」と答えた。
嘘じゃなかったけど、本当でもなかった。
本命は鴎台高校だったけれど、滑り止めで受験する私立の女子高の名前を告げる。
そんなしょうもない嘘をついたのは、すっかりでき上がってしまった幸郎くんへの苦手意識ゆえだった。
だって、高校くらい別がいい。
幸郎くんは一瞬私を見つめた後、「ふぅん」といかにもさほど興味はありませんと言った風の返事をして去っていった。

それから少しして、幸郎くんがバレーの推薦で県外の強豪へ進むという噂を聞いた。妥当な進学先だったので、そっかぁ、バレー続けるんだなぁと特に疑問も持たなかった。私も私で鴎台合格に向けて受験勉強に必死だったのもある。当時は人生で1番勉強してる気がしていたし。

そして迎えた合格発表の日。

「あった!」

掲示板に見つけた自分の番号。
明るい高校生活の予感に、足早に家へと向かう。携帯で連絡すればいいのは分かっていたけれど、家族への報告は自分の口で言いたかった。

「お母さん!合格した!!」

自宅に転がり込むようにして、そう告げると、お母さんも飛び上がって喜んでくれた。
そして「幸郎くんも同じ高校だから安心ね」と言うではないか。

「えっ?」

驚く私に「知らなかったの?」と母は不思議そうに首をひねった。

「だって、県外に行くって、」
「その話もあったらしいんだけど、鴎台の監督さんのところに行きたかったみたいよ」
「えぇ…」
「どうしたの」

顔を曇らせた私を見て、母は心配そうな素振りを見せる。
「幸郎くんが一緒なんだから心配しなくたって大丈夫よ」といささか見当違いに励まされた。その幸郎くんが問題なのに。なんでも、母親同士お互いの子供の受験先は知っていたらしい。そして、スポーツ推薦を受けた幸郎くんが合格していることも。
だけど、私のプレッシャーになってはいけないからとお母さんはあえてその話題に触れないようにしていたという。

「…女子高のほうに行こうかな」
「何言ってるのお金かかるんだから公立に行ってちょうだい」

せっかく受かったのに、とお母さんはきっぱりと言う。絶賛養われ中の私が反論する余地など無かった。


入学式の日には当然幸郎くんがいた。
母親たちは嬉しそうに、私たちを校門の前に並ばせて写真を撮る。2人の間の微妙な距離、微笑む幸郎くん、微妙な笑顔の私。ひどく温度差のある写真がこの世に生まれてしまった。
そんなこと気にもかけず、母親たちは純粋に私たちの成長を喜んでいるようだった。

「名前ちゃん」

顔を上げると幸郎くんがそばにいた。中学では短く刈り込んでいた髪を卒部とともに伸ばし出したから、ちょっとだけ見た目が小学生の頃により始めている。身体はすっかり大きくなったけれど、少しだけあの頃の優しい幸郎くんを思わせた。
幸郎くんは、優しげな顔のまま「嘘付くときに瞬きしなくなる癖、やめた方が良いよ」と言った。発言の意図を掴めないでいると「意味わからないって顔してるね」と私の鼻を詰まむ。

「んぅ」
「進路嘘ついただろ〜」

嘘つきはこうだ、と軽く鼻を上に引っ張られた。鼻が伸びるぞって事だろうか。どちらかと言えば鼻が高くなってる気がするんだけどな。嘘をついてたのバレてたのかと背筋が冷える。分かっていてあの反応だったのか。
きっと幸郎くんのお母さん伝手に私の本当の受験先を知ったに違いない。私の進路なんて知ってどうするつもりだったんだろう。お母さんに呼ばれた幸郎くんは、私の鼻を開放してそちらへと去って行った。
その背中を見送りながら、瞬きしながらでも嘘をつけるようになろうと固く誓ったのだった。



そんな風に昔のことを思い出したのはきっと、中学生の時と同じ質問を幸郎くんにされたせいだ。

「進路は決まったの?」
「…うん」

瞬きせずに本当の事を言ったのはいつかの意趣返し。

「ふぅん」あの時と同じ返事をした幸郎くんは、「癖のこと教えるんじゃ無かったな〜」と面白くなさそうな声色で言う。
目論見通り混乱させることに成功したらしい。ふふふ、としてやったり顏で笑っているとほっぺをグニッと両手で掴まれた。

「どうすんの」
「…幸郎くんと同じ大学は、正直厳しい」

学力の差と言うものは無常に現実を突きつける。進路が分かれると言う経験に、私は戸惑っていた。小学校から高校まで12年間一緒だった。その年月のせいで幸郎くんを知らなかった世界にはもう戻れないし、その世界を思い出せそうにもない。

「俺同じとこ行こうとしてたんだ?」

良いこと聞いた、と聞こえてきそうな表情。余計なこと言っちゃったかなと後悔するも時すでに遅し、幸郎くんにからかいのネタを与えてしまった。

「ここに行こうと思うの」

話題を逸らしがてら学校のパンフレットを差し出す。幸郎くんはパラパラと中に目を通しながら、私が進みたい道なら行くべきだと言った。

意外な言葉に目を丸くしていると「俺には俺のやりたいことがあるように、名前ちゃんには名前ちゃんのやりたいことがあるだろ」と言われる。

「お、大人になったね幸郎くん」
「聞き捨てならないな」
「わっ」
「そんな名前ちゃんはこうだ〜」

笑いながら二の腕をぷにぷにと揉まれた。
私が最近二の腕を気にしていると知っての所業だ。ひどい。その内、二の腕を触る動きが徐々に意味深なものになり始める。だめだめ、今日は勉強しに来たんだから。
楽しそうな横顔に不意打ちで口づけると幸郎くんはジト目で私を見た。何かをこらえるみたいな顔だ。

「…今日のところは誤魔化されてあげるよ」

勉強しよっか、とその日はあっさり離れてくれた。私もなかなか幸郎くんの扱いがうまくなった気がする。

身体能力と共に学力も天に与えられていた幸郎くんのスパルタ指導のおかげで、私の学力もなんとか成長を見せた。
その結果無事に合格できたのだけれど、喜びいっぱいに合格を報告した時「幸郎くんが勉強教えてくれたおかげだよ」と口走ったせいで「じゃあお礼してもらおうかな」と部屋に引っ張り込まれたのは許していない。
一応受験が終わるまでは自制してくれていたらしい。

幸郎くんも無事に獣医さんの勉強ができる大学に合格した。そして迎えた卒業式、入学式と同じように校門の前で並んで写真を撮る。寄り添ってフレームに収まった私たちは二人とも満面の笑顔だった。





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